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STRANGERS ON A TRAIN 

昨夜の大分は雨が降り続き、僕の苦手な湿気もあり、おまけに仕事で少々嫌な事もありまして、寝不足で顔がパンパン、気分は限りなく透明に近いブルー、これでは村上龍の小説のタイトルですが、人生中々上手く行く事ばかりじゃないと分かってはいても、少々凹みますね。それでも決して引きずらないのが僕の長所でもあり短所でもあるところ、ケセラセラで頑張ります!ところでこのQUE SERA SERA、という言葉、元々はスペイン語でして、英語であれば、WHATEVER WILL BE WILL BE、日本語ならば、なるようになれ、誠に結構な文言なんですが、これ、元々は曲のタイトルなんですよね。このケセラセラを大ヒットさせたのはドリス・デイ、まだご健在ですが、ガール・ネクスト・ドア、隣にいそうな親しみやすい容姿の女の子、というキャッチフレーズで売り出し、世界中で大人気を博した歌い手さんであります。

僕の敬愛する大監督、マスター・オブ・サスペンス、観客をドキドキハラハラさせる職人、生涯で53本の傑作を撮った男、サー・アルフレッド・ジョゼフ・ヒッチコック監督の「知りすぎていた男」で、このケセラセラが劇中歌として使われ一躍有名となりました。という訳で、本日の本ブログは、ずっと僕が書きたかったヒッチコック監督についてであります!シャーロック・ホームズの大ファンはシャーロッキアン、ヒッチコック監督の大ファンの事をヒッチコキアンと呼びまして、僕、コナン・ドイルも大好きですが、どちらかと言えば後者でありまして、それでは早速ご紹介と参りましょう。

ヒッチコック監督は1899年で生まれですから何と19世紀の人でして、イギリスはロンドン出身のアイリッシュ、生粋のアイルランド人、幼くして父を亡くし高校を卒業後、広告デザイナーとして就職、やがて映画会社に転職、サイレントの映画監督としてデビューします。この頃の作品はあまりDVD化されておらず、僕が見たのは「暗殺者の家」「三十九夜」「バルカン超特急」程度、未見のものが殆どなのが残念ですが、ほどなくして、アメリカの大プロデューサー、デビッド・O・セルズニックに認められハリウッドに渡っていますから、手腕は間違い無かったのでしょう。

アメリカ・デビュー作の、大富豪に嫁いだ美女が前妻の亡霊や使用人の意地悪に悩まされる「レベッカ」でアカデミー賞をいきなりの受賞、ここからがヒッチコック監督の怒涛の快進撃の始まりでして、特筆すべきは1950年代の一連の作品でしょう。「ダイアルMをまわせ!」「裏窓」「泥棒成金」「知りすぎていた男」「間違えられた男」「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「鳥」、いずれも映画の教科書となった程の演出の冴えが光ります。かって自分でも映画を造っていた僕からすると、才においてとても及びませんが、皆さんに名シーンをご紹介する事は出来ます。順不同、アト・ランダムに書いてみましょうか。

まずは「泥棒成金」でのシークエンス、ヒッチコック監督は大の卵嫌いで有名ですが、それはひとまず脇に置いて、この映画の中では、決して好ましい感じでは無いご婦人が登場するんですね。駄目な映画ですと、口頭で説明しちゃうんです。「あの方、本当に嫌われてるのよ。先日もね、○○さんに嫌味を言ってね…。」「あら、そうなの、私が聞いたのは××さんを怒鳴りつけたらしいわよ。」、こんな事を聞かされますと、確かに分かり易いですが、何も映画に撮る必要性がありませんよね。そこへ行くと流石はヒッチコック監督、その嫌味なオバサンは、朝食の途中、会話をしながら、半熟の目玉焼きの黄身の部分で、吸っていた煙草の火を消しちゃうんですよ。皆が大好きな卵の黄身をそんなぞんざいな扱い、一瞬でこのオバサンの嫌味な性格が観客に分かる訳でして、恐れ入りました、と言わざるを得ません。

続いて、遺作となりました「ファミリー・プロット」、作品が始まり、15分程度が経過、犯罪を犯したカップルが車で逃走、ドキドキハラハラ、お話は順調に流れる様で、とても引き込まれるのですが、その車が赤信号で急停車、観客は早く逃げて、と思うんですが、何とカメラは信号待ちしていたブロンド美人について行ってしまい、今度はそちらの話になってしまうんですね。

例えば「フレンジー」、連続殺人犯の物語なんですね。犯人が2階の事務所で女性を絞殺、それまで執拗に男女の様子を撮っていたカメラは、ドンドン引いて行きます。カメラは部屋を出て階段を降り、そして道路を横切り街に出ると、そこには市場があり、雑踏と喧騒があり、平々凡々たる日々の暮らしがあり、殺人から日常へ、という訳でして、これって明らかに犯罪者の視点なんですよね。

「引き裂かれたカーテン」、これは冷戦時代のスパイものですが、劇中、ちょいちょいわざと字幕を付けないんですね。敵対する相手がロシア語で喋っているんですが、こちらには皆目分からない訳でして、観客も主人公と共に疎外感や不安感を感じる、という心憎いばかりの演出であります。そして、その敵役との対決シーンがありまして、やるかやられるかの緊迫した場面ですが、相手が中々死なないんですよ。最後はガス・オーブンに頭を突っ込ませて焼いてしまう、という陰惨な演出でしたが、ヒッチコック監督は、「人なんてそんな簡単に殺せないんだ」と語っておりまして、確かにその通り、また、そのガス・オーブン、劇中において、散々料理で使ってるんですね。日常の中にも凶器がある、怖いっすね~。

最後に、ケセラセラが使われたのは「知りすぎていた男」でして、非常に良く出来たシナリオなんですね。細かく書くと長くなるので、はしょりまして、ケセラセラは冒頭と最後にしか歌われません。一人息子の為に、お母さんはいつもその歌を歌ってあげるのですが、劇中、その子が誘拐されてしまうんですね。警察も司法も全く頼りにならず、夫婦は独力で犯人(テロリストでもあります)のアジトを突き止め、首尾よく客としてパーティに呼ばれます。隙を見て邸宅内を必死で探すのですが、息子の影も形も無い、そこでお母さんはフロアにあったピアノを借り、一所懸命に声を張り上げ、ケセラセラを唄うのです。息子はお母さんが居る事に気付き、声を挙げ、お父さんが救出するという、これ程素晴らしく上手で涙を誘う、劇中歌の使い方はいまだかって見た事がありません。

知る人ぞ知る大物、ヒッチコック監督の華麗な演出の世界、皆さん如何でしたでしょうか?それでは、ケセラセラで今日も頑張りましょう!
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