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DINOSAUR JR.

幾分かは寒さも緩んで来た感がありますが、皆様、如何お過ごしでしょうか?僕、年度末の決算期という事もあり、公私ともにバタバタしています。実は一昨日は父の命日でして、お寺で法要を行ったんですね。亡くなってもう6年も経つなんて、月日は百代の過客にて 行きかふ年もまた旅人なり、我や先 人や先 今日とも知らず明日とも知らず、行く末来し方を考えると言いますか、使い古された言葉ですが、本当に歳月とはすぐに過ぎてゆくものですね。朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり、満開には程遠い桜の木の下、珍しくセンチメンタルな気持ちになりました。

父の命日を待っていたかの様に、故人の大好きだった恐竜のニュースが入って来ました。まずは毎日新聞です。「長崎市の海岸から8400万年前の草食恐竜の化石が見つかった」由、そして朝日新聞には「羽毛恐竜ミクロラプトルが、光によって色合いが変わる玉虫色の光沢を持つ黒い羽毛を持っていた事が分かった」そうでして、特に後者のニュースは興味深いですよね。何でも羽根の中には、黒・灰・白の色素の粒があったそうで、カマキリやアンコウの様な、所謂擬態と言いますか、X-MENのミスティークと言いますか、進化って本当に興味深いものです。

本ブログでも再三触れていますが、父は中々面白い男でした。若い頃は仕事熱心でワーカホリックに近いんじゃないか、という程の集中ぶり、まともに休む日など皆無、多くの外来患者を診察し、手術をし、救急も受け、往診は勿論でしたし、院内回診は日に3度と言うんですから、息子の贔屓目を差し引いても、あらゆる症例に長けた、経験豊富で優秀な外科医であり臨床医だったと思います。ちっとも家に帰って来ませんでしたが、子供ながらに父は立派に仕事をしているんだ、と思っていましたから、寂しさを感じた事はありません。今でも思い出すのは、小学生の僕が遠足に行く日の早朝、父がいきなり病院から帰って来たんですね。病院と生家は隣接していましたから、血まみれの白衣のまま、「塩を持って来てくれ」「精一杯頑張ったけど駄目だった」との由、どうやら徹夜で手術をした様でしたが、力及ばずだったのでしょう、その無念の表情はとても印象に残っていますし、仕事ってこういう事なんだなあ、と胸に焼き付いています。父は恐らく人間が大好き、困っている人を見たら助けずには居られない性格だったんですね。山本周五郎原作黒澤明監督作品、「赤ひげ」の様な一面を持った男でした。晩年は少々やんちゃが過ぎて、各方面に多大な迷惑を掛けてしまいましたが…。亡き父に代わりまして、私より深くお詫びを申し上げます。

さて、その人間が大好きな所が患者様では無く、女性に向った時はさあ大変、家の中の物が全て宙を舞う程の大喧嘩は日常茶飯事でして、怒髪天を突く母に連れられて、深夜に屋根をつたって逃避行、なんて顛末もあったりしましたねえ。

父は、何だか変わったものが大好きでした。それはしっかり僕のDNAに組み込まれている感がありますが、サイドカーにバイクにヨット、組み立て自動車にUFOの本にオープン・カー、ウオッカのストレートに口髭に煙草、肉に卵に煎餅、そして冒頭にご紹介した恐竜と鳥をこよなく愛していました。特に鳥ですね。俺は鳥年だから、と論理的で無い説明をしていましたが、詰まらない会議中なんて、空を飛ぶトンビばかり見てるんですもん、僕は直ぐに落書きしちゃうんですが、ここら辺も似ちゃったかなあ…。何せ、飼った事のある鳥類は、インコにスズメにメジロにウグイス、フクロウにミミズクにカラス、コウモリにハヤブサに鷹、もう鷹匠とか動物園の飼育員に近いですね。カラスにコウモリ辺りは、何だかヤバい感もありますし、飼育する事すら違法の鳥もいますが、そのウンチクを何度聞かされた事か。

耳があるのがミミズクで、無いのがフクロウ。フクロウはネズミが大好きで、餌を捕まえる方が大変だったし、夜中にホーホー鳴いてうるさくてたまらない。ムササビよりモモンガよりコウモリの方が良く飛ぶ。コウモリは超音波を出し、後ろ足でぶら下がって寝る。鷹やハヤブサの猛禽類は飼育が難しく、糞を後ろに飛ばすし、咬み付くと物凄く痛く(そりゃそうですね…)、どんなに可愛がっても大人になると逃げる。雀やモズや白鳥は食べても美味しい、ってエエッ、白鳥食べちゃったの!?。

話す度に熱を帯びるので、この人、医者じゃなくて獣医の方が良かったんじゃないの、と思いましたし、僕も母もちっとも鳥が好きじゃないんですよ。今でも良く覚えているのは、カラスの話です。どうやら最も愛していた様で、何でも山に行って卵の段階から育てた、と自慢していました。若鳥の時は口中が真っ赤らしく、成鳥になるに従って黒くなる由、僕、もうこの時点でとても嫌ですが、これ程頭の良い鳥はいないそうで、一旦懐いてしまえば、犬同様に忠実だそうですよ。父は、千葉の田舎道を歩いて駅まで行き、東京まで通学していたんですが、カラスは朝は送り夕に迎えに来たそうで、時間に寸分の狂いも無く、電柱の上から父を襲う者がいないか確認し、とにかく大絶賛でした。何でも、父が不良に絡まれそうになった時、カラスが相手の頭に咬み付き、助けた事もあったらしく、老衰で死んでしまった時は号泣したそうです。病院でも飼いたい、と言い出した時には、余りにも縁起が悪いので、職員一同慌てて止めましたら、渋々納得していました。そう言えば父は大の風呂嫌い、カラスの行水でしたから、気が合ったのかもしれませんね。

今日は、亡父の七回忌の思い出話に長々とお付き合い頂き、読者の皆様方、誠にありがとうございました。故人もあの世でさぞ喜んでいる事と思います。合掌、礼拝。それではごきげんよう、さようなら、又明日。
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