FC2ブログ

BACKSTREETS

皆様、週末は如何お過ごしでしたか?それにしても寒かったですよね。風の音が轟々と鳴り、時折雪もちらついたりして、僕、とても外に出る元気はありませんでした。プロ野球オープン戦を観たり、YOU TUBEで古いロックを聴いたり、少しだけお酒を飲んだり、それなりに充実した休日だったんですが、夕方から「東京裏路地<懐>食紀行 まぼろし闇市をゆく」ブラボー川上・藤木TDC共著 ミリオン出版、を再読しました。これ、続編も出ましたし、ちくまで文庫化された、隠れたロングセラー本なんですが、要は、都内の古くからある飲み屋街を訪問する、という企画なんですね。新宿、錦糸町、池袋、四谷…、若い人達は中々足を延ばさない様な風情--バブル期の再開発の波に呑まれず、何処となく昭和の薫りを残している--の裏通りばかりを行く、という塩梅でして、僕、父が下町っ子ですから、こういう本にはDNAレベルで惹かれるというか、やんちゃな血が騒いでしまいます。という事で、今日は裏通り、横町のお話を。

やはり都内には風情があるというか、多くの裏通り、専門街、横町が点在しています。池袋のサンシャイン60通り、実はここではアメリカから日本人戦犯が60人処刑されたり、通り魔が出たりと非常に血腥いんですが、成る程と言うか、空が半分しか見えないという立地のせいか、非常に閉塞感があるんですよね。そして、父がこよなく愛した、戦後直ぐの焼け跡から始まった闇市、上野はアメヤ横町。ここは、蟹やイクラなどの生鮮食品は勿論の事、とにかく何でも(海賊版DVDからエスニック食材からレザー・コートにスポーツ用品等々)格安で売っていますし、楽しくは過ごせます。世界一の古書街、神田神保町は以前の本ブログでご紹介したので割愛しまして、ミニシアターの街渋谷があり、台東区には、日本一の道具街、合羽橋があります。この街も楽しいんですよ~。大正元年から道具商が増え続け、今では厨房関係の店舗は170以上あり、各種包丁にまな板に挽肉機等々、多くの外国人シェフも買付けに来ていますから、料理人気分を味わえる事間違い無しです。1731年創業、ドイツ刃物メーカーのトップ・ブランド、ヘンケルス社まで合羽橋に店舗があるんですから、驚きです。新宿の思い出横丁、吉祥寺のハモニカ横町、有楽町のガード下、夫々風情があり、戦後の匂いがする飲み屋街ですが、僕が最も好むのは、人形町の甘酒横町と、鳥越のおかず横丁なんです。甘酒横町は以前の本ブログでご紹介しましたから、省略しまして、おかず横丁はこれまた楽しいですよ~。651年、飛鳥時代から続く鳥越神社のすぐ傍にあるんですが、この街は、戦前から家内制手工業(昔、教科書に出て来ましたよね、これも懐かしいですね)が大変盛んな所でして、お母さんやおばあちゃんが、お父さんを送りだした後に、せっせと内職をしていた訳です。そうなりますと、炊事の時間も惜しいですから、自然と惣菜店が増えていった、という流れなんですね。僕、若かりし頃に、この横町を覗いた事がありますが、全長は300㍍足らずでしょうか、この通りが全ておかず屋さん、というのは誠に壮観でした。佃煮、漬物、梅干、トンカツ、ハムカツ、メンチカツ。多種多様な沢山のコロッケ。帆立フライ、海老フライ、うずらフライ。ソーセージベーコンに牛肉豚肉。刺身に煮魚焼魚、豆腐に納豆油揚げ、鱈子明太子薩摩揚げ。筑前煮やひじき煮を始めとするあらゆる煮物各種、海老にかき揚げ、烏賊竹輪と天婦羅各種。焼き鳥、鰻、助六寿司、米味噌醤油、卵に海苔。餃子に生姜焼きに唐揚げに麻婆豆腐。そして、釜で焚き上がったばかりの湯気がもうもうとするご飯まで売っています。あ~、お腹が減って来ましたが、この横町には、考えつくであろう全てのおかずが網羅されていて、食いしん坊の僕は、ここに住みたいなあ、部屋でも借りようかな、と結構真剣に考えたものです。

西に下りまして、名古屋の裏通りと言えば、やはり大須しかありません。この街は織田信長から秀吉家康と収めた地であります。信長公のお父さん、信秀公が開いた萬松寺と大須観音が並び、まずは門前町として栄え、そして宿が置かれ遊郭が出来、明治となり演芸場に映画館も完成、東海随一の歓楽街が産まれた訳です。この街はアメリカの空襲後、灰塵と化しましたが、戦後見事に復活、非常に興味深いんですが、再建後はまるで別の街となったんですね。と言いますのは、う~ん、カオスというか、混沌の街なんですよ…。先に挙げた伝統ある寺社があり、仏具店も多くありますし、衣料品の問屋や電気店やオタク向け店舗、ライブハウスにゲームセンター、各国料理店に呑み屋にパチンコ屋と非常に充実しています。となりますと、お年寄りに様々な趣味を持つ若者達にサラリーマン、観光の外国人に家族連れ、と老若男女に雑多な国籍が入り乱れ、一種独特のムードです。この街のシンボルは、やはり築50年の木造二階建て、ビートたけし率いるツービート発祥の地、大須演芸場でしょう。時が止まったままの風情が今なお味わえる貴重な空間です。

そして大坂は、以前の本ブログで僕の大好きな新世界界隈をご紹介しましたので、今日は道頓堀の辺り、法善寺横丁でしょうか。大坂はキタ、ミナミと繁華街が分かれますが、僕は騒がしい梅田界隈(キタ)よりも、庶民的な千日前(ミナミ)の方を好みますね。さてさて、本当に小さなエリアなんですが、長さは100㍍前後の2本の路地がございまして、東西には、藤山寛美と三代目春団児が「法善寺横丁」と書いた門があります。不動尊に願掛けをし、風情ある石畳にはさり気無い打ち水がしてあり、そして多くの提灯が下がりライト・アップ、老舗割烹ありお好み焼き屋あり串カツ屋あり、微醺を帯びて夜道をそぞろ歩き、ここ、元々は浄土宗法善寺の境内でしたから、う~ん粋を凝らした浪速情緒、という感じです。

トリを占めるのは、ご当地大分でありまして、湯の街別府のメイン・ストリート、流川通りでしょうか。まずは竹瓦温泉で身を清めまして、ここの建物は1938年に建てられた木造建築ですから、昭和初期のムードが漂います。砂湯まであり入浴料100円というのは激安と思いますが、流川通りに出ますと、長い一本道が通り、山麓には創業昭和4年の遊園地、ラクテンチの入り口があり、ケーブル・カーが急峻な勾配を上り下りするのが見え、中々の絶景と思います。ラクテンチには、レトロなジェット・コースターからアヒルのレースから小さな演芸ホールまでありまして、旅芸人一座の大衆演劇まで観られますから、大正ロマンか昭和モダン、時代が入れ換わったかの様な、まるでエッシャーの騙し絵、とても不可思議な感覚に陥りますよ。

日本全国裏通りの旅、如何でしたでしょうか?それでは今週も本ブログを宜しくお願い致します!
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

しもごおり

Author:しもごおり
OSHブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR