FC2ブログ

蒙古襲来

つい先日でしたか、或る報告書を読んでいましたら、「一生懸命努力して云々」という文言がありまして、僕、とても気になりました。近年はすっかり一生懸命、という使い方が定着した様ですが、これは明らかな誤りでして、元々は一所懸命、鎌倉時代に出来た言葉なんです。関東地方の自作農の人達は、自分達の力で未開の地を切り開き、田畑を開墾、家畜を養い自立したのです。関東平野と言えばだだっ広いイメージ、開墾も楽だろうというのも大きな過ちでして、少し都内を歩いてみれば一目瞭然ですが、かなりアップ・ダウンがあるんですね。地名をご覧になれば、四谷に市ヶ谷に渋谷に千駄ヶ谷と谷だらけ、乃木坂に赤坂に神楽坂に富士見坂と坂ばかり、品川に日本橋に小川町に浅草橋と河川が豊富、駒込に巣鴨に馬込に牛込と動物の宝庫、かってはさぞ雑木が生い茂り、平野とは名ばかりの人跡未踏の荒野だったのでしょう、当時のお百姓さんは日本版カウボーイ、とでも言えるでしょうし、先人の苦労が偲ばれます。

さて、鎌倉時代当時は、朝廷が日本国の政治を司っている、とは言っても、その影響力は近畿圏が精一杯、遠く離れた地では、治外法権、無法の地、無警察状態でした。となりますと、当然不届き者も多く現れる訳でして、盗賊に追い剥ぎに強盗や山賊がうようよしています。折角切り開いた土地をそんな連中に取られては堪りませんよね。という訳で、自作農の人達は親族や仲良しの家族と結び、団結し結束し、武装し割拠した訳です。これが鎌倉武士のルーツであり、開墾した自分の土地、一つの所を命がけで守る、即ち一所懸命、という言葉の誕生です。

その武士達が中心となり、無力化し当事者能力の無い朝廷から政権を奪い、武士政権である鎌倉幕府を作り上げたのです。やがて将軍家だった源氏から実権は北条氏に移りましたが、権力の実体はそう変わらず、侍達の政権は続き、世の中は静謐になったのですが、ここで未だかって無い最大の国難が日本を襲います。そう、元寇の襲来です。

昨年でしたか、長崎県松浦市は鷹島沖で、当時の元の国の沈没船が発見されました。今までの研究を覆す様な大型船で、全長20㍍は優に超す由、当時の最新武器である、「てつほう」、破裂弾ですね、それを大量に搭載しており、史実通り、元の国が日本占領を目指していた事が立証された訳ですね。

元の国は、ジンギスカンが、略奪と虐殺の上に築き上げた世界史上最大の帝国であります。現在の中国、韓国、ロシアの大部分、東欧、トルコ、中央アジアの国々、中東の一部、東南アジアの一部、これら全てを領土としたんですね。何と地球上の陸地の25㌫を占める大帝国です。これは余談ですが、オックスフォード大学の研究によりますと、ジンギスカンの遺伝子を持つ人間は1600万人いる由、世界一のハーレムを持っていたそうですから、分からんではありませんが、それにしても想像を絶します。騎馬隊や弓、火薬に投石機を主とした速度を生かした戦法は、ユーラシア大陸全土を席巻し、瞬く間に世界に君臨する事となりました。膨張し続ける帝国は、大食漢と同じでして、飽く事倦む事を知りません。果てしなく領土を拡大し、食べ続ける訳です。そして、その欲望が、日本に向けられる事となりました。

元から送られた国書は、冒頭は紳士的な文言ですが、最後の文章だけご紹介しましょう。「日本も我々を父と思う事である。この事が分からなければ軍を送る事になるが、それは我々の好む事では無い。この気持ちを考えて返事をして欲しい。」という事でして、これ、脅迫です。日本側は元の残虐さや強欲さを既に熟知していましたから、断固拒否、元の使者を斬り捨て、宣戦布告となりました。全軍の指揮を取るのは何と当時18歳の若き執権(現在の総理ですね)、北条時宗であります。2度に渡る元軍の攻撃は、併せて20万人弱、迎え撃つ日本軍は10万にも満たず、苦戦を強いられますが、石で作った防塁と呼ばれる高さ2㍍に及ぶ長大なバリケードに依り、見事敵を撃破、元来は台風が来たので元が引き上げた、と言われていましたが、最新の学説では時期的にもそれはあり得ない、というのが定説となっている様です。プライドを大きく傷付けられた元は、3度目の侵攻をを試みますが、日本の頑張りを見習って、東南アジアでは大規模な反乱が発生、それどころでは無くなりました。日本軍の最高指揮官、時宗は、それを見届けるかの様に、34歳の若さで病に倒れ、死の床に伏したのです。

僕、福岡出張は割と多く、時間が空けば、様々な場所を散策するのが常です。西区姪浜には、生の松原、という白砂青松の海水浴場があり、多くの若者や家族連れがはしゃいでいます。恐らく余りにも知られていないのですが、その海岸線に沿って少し歩いて行くと、700年以上前に作られ、元軍の猛攻撃を防いだ、石塁の跡が残っています。この防御壁が無ければ、ここで泳いでいる人達、そして僕を含めて、モンゴル人のDNAが混ざっていた可能性は大だった、或いはこの世に居なかったかもしれない訳でして、楽しく泳いで遊ぶのも大変結構だけれど、日本の歴史を勉強し、先人の偉業には敬意を払って欲しいなあ、と強く願っています。

今日は何だか国を憂う文章になってしまいましたが、皆さん、楽しい週末を!!
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しもごおり

Author:しもごおり
OSHブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR