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島唄

おはようございます。今朝も寒かったですね~。何でも明日からは本格的な寒波襲来の由、皆さん、風邪には充分お気を付け下さい。僕、先日来より、喉と鼻の調子が宜しくなく、昨晩は激しい咳であまり眠れませんでした…。院内でも風邪が流行っていますから、こりゃ誰かからうつされましたね。僕、医師ではありませんから、診断出来ませんけれど、後で薬を貰ってこようっと。とりあえずはイソジンでうがいですね。

さて、本ブログもお陰様で本日200回目の更新を数える事となりまして、拍手数の総計も何と3万を突破、ここまで多くの方に訪問して頂けるとは、思ってもいませんでした。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございます!!このブログ、始めた時のコンセプトは只1つでして、それは「同じ話はしない」というもの、どうにか続けてこれましたし、一応ネタ帳はあるんですが、まだまだストックも豊富、当分書いて行けそうです(^^)。

折角の200回記念、いつもですと、何も考えずに書き始めるのが常なんですが、今日は暖かい場所の話と決めていました。そう、沖縄について綴ってみたいと思います。沖縄というと、碧い海、雲一つ無い空、のんびりした県民性、多くの観光名所とポジティブなイメージばかりですよね。でも、この南海の楽園は、絶え間無く圧迫を受け、一方的に被害を受け続けて来たのです。沖縄本島は、元々、琉球王国と言いまして、観光スポットであります首里城を首都とし、尚、という王朝が在ったのです。マレー半島、中国、タイ、勿論日本と活発な貿易を行っていたれっきとした独立国だったんですね。ところが、1609年、徳川家康が江戸幕府を開く頃、鹿児島は薩摩藩の戦国時代の激戦を経たつわもの共が沖縄を強襲、1カ月足らずで首里城を陥落させ、尚一族は降伏しました。中国との貿易を続けたいが為に、表面上は琉球国として残りましたが、実質は鹿児島の植民地と化し、数百年の月日が流れた訳です。薩摩藩の琉球に対する圧政は、将に奴隷に対するものと同様でして、子供がサトウキビを齧っただけで重罪になった、と言われています。古今東西、人間のやる事は変わらないのかなあ、と嘆息しますが、イングランドがスコットランドやウェールズに対してやった事、そしてアメリカが革命前のキューバに対してやった事と良く似ています。まあ、アンゴロサクソン程の虐殺は琉球においては無かった様で、そこは日本人として安心しますが…。閑話休題、薩摩藩は琉球から得た利益で、江戸幕府を倒し、明治維新が成し遂げられた訳でして、日本が近代国家に生まれ変わったその資金源は、沖縄のサトウキビ畑から成った、というお話であります。

大正時代には既に、琉球国から沖縄県になっていましたが、所謂ブラック・サーズディ、第一次大戦後の世界大恐慌による不況と飢饉のダブル・パンチで、多くの県民はハワイや中南米へと移住する事となったのです。

そして、昭和の時代を迎え、今度は第二次世界大戦において、日本国内で唯一の地上戦が行われたのが沖縄でした。約3ヵ月間の戦は、日本側の死者は20万人を超え、米軍側も司令官が爆死するという、極めて激しいものだったんですね。米軍は当初、日本本土への侵攻を計画していたのですが、この沖縄戦の凄まじさを見て断念、早期講和への道が開かれたのです。沖縄を守備していた海軍中将、太田実の最後の電信は、僕、涙無くしては読めません…。最後の文言だけ、ご紹介します。

糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ。沖縄県民 斯ク戦ヘリ。県民二対シ 後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ。

その後、沖縄は米軍統治を経て、日本に返還されましたが、今も尚、米兵によるレイプ事件や犯罪が絶える事はありません。沖縄という、中国や北朝鮮に近い地政学的見地から、是非とも基地を置きたい、という米軍の事情、そして観光産業が主の離島の雇用対策として基地が必要、という観点もあるでしょう。それでも、僕、そろそろ、米軍に出て行って貰っては、と思っています。日本人の皆さん、正しい沖縄の歴史を知りましょう。もう沖縄の人達ばかりに、犠牲を強いるのはフェアじゃありませんよ…。明治、大正、昭和、平成と、僕達の繁栄は沖縄の皆さんのお陰でもあるんですよ。そして、長期政権を続けた自民党の皆さん、現政権の民主党の皆さん、先に紹介した、太田中将の言葉を読めますか!?後世特別ノ御配慮ヲ、って寧ろ正反対の事ばかりじゃありませんか(怒)。歴代総理は全員頭を丸めて、沖縄県民に謝れ、と言いたくなります。

「島唄」という、THE BOOM、の大ヒット・ソング、地球の裏側アルゼンチンでも大ヒットした優れたナンバーですが、この歌詞を皆さんご存じでしょうか。これは、先の沖縄での悲惨な戦を唄った歌詞なんですよ。

でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た
※災いを告げるでいごの花が咲き 米軍が来た

繰り返す哀しみは 島渡る 波のよう
※寄せては返す波のように 殺戮が繰り返された

ウージぬ森で あなたと出合い ウージぬ下で 千代にさよなら
※サトウキビ畑であなたと会い そして永遠のさよなら

僕の拙い意訳ですが、意味は間違っていないと思います。

最後に。テレビ等で、良く紹介されていますから、ご存じの方も多いと思いますが、世界初の人工養殖サンゴの移植と産卵に成功した、金城浩二、という方がいらっしゃいます。「てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~」というタイトル、ナインティナインの岡村君主演の映画でして、僕、非常に感動した一本でした。このサンゴの移植、現在は金城さんが社長となり法人化、会社組織となり現在も順調に成長、かって汚れてしまった沖縄の海も浄化されつつあるんですね。素晴らしいお仕事をされているなあ、と常々感服しているんですが、日米首脳は米軍基地をまだまだ増やそうとしています。それじゃあ、折角綺麗に戻りつつある海が又汚れちゃうでしょ!どうせ汚ない利権絡みの話でしょうが!?本当にいい加減にしいや!!

最後はちょっと熱くなりましたが、引き続き、明日より201回目の本ブログをお楽しみ下さい!それでは、ぐぶり~さびら(さようなら)!
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