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THE SPY WHO LOVED ME ❤

おはようございます!いや~、今朝も寒いですね~。何でも週末にかけて日本列島を寒波が襲う由、僕、土曜日は忘年会なので、少しだけ憂欝です…。フリースにロングコートにマフラーに手袋と、随分着込む必要がありそうですね。当院職員の間でも、風邪引きが少しづつ増えて来てまして、皆さんも体調管理には充分お気を付け下さい。

さて、出勤後にネットでニュースをチェックしてましたら、何とも心躍る記事がありました。今年はスパイ映画の金字塔であります007シリーズが50周年の由、半世紀も撮り続けているんですから、寅さんも真っ青といった所ですが、いよいよ来年にシリーズ23作目「スカイフォール」が公開の由でした。僕、YOU TUBEで見たのですが、流石にジェームス・ボンドの趣味を体現していて思わずニヤリとしたんです。最近オープンしたばかりで5つ星を獲得し、ロンドンの新名所となったコリンシア・ホテルでの豪奢な記者会見は、将にラグジュアリーの言葉通り、綺羅星の如くトップ・スターが並びまして、非常に見応えがありました。監督は「アメリカン・ビューティ」でアカデミー賞受賞、超名門ケンブリッジ大を卒業した俊英、サム・メンデス。主役は勿論イングランドのトップ・スター、ダニエル・クレイグ。脇を固めるのは、同じくイングランドの名優、王立演劇学校卒、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーを経てトニー賞受賞のレイフ・ファインズ。そしてジェームス・ボンドの敵役は、ありとあらゆる役柄を演じ分けられるカメレオン俳優、元ラグビースペイン国代表でありスペインの名花ペネロペ・クルスのご主人である、ハビエル・バルデムと、映画ファンなら誰しもが期待するキャスティングでして、僕、今から楽しみです(^^)。また、記者会見場のホテルが、食通であるジェームス・ボンドに合わせたかの様なんですよ。地中海シーフードレストランにイタリアン、オイスター・バーにショット・バーと、既に注目スポットの由、当然飲むのはボンド御用達の、ウォッカ・マティーニをステアせずシェイク、しかありませんね。

男の子の憧れの1つに、このジェームス・ボンド演ずる所のスパイがあるかと思うんですが、では皆さん、日本にもかってスパイ養成学校があったのをご存じでしょうか?平成の今、内閣情報調査室や、陸上自衛隊の中央情報隊、警察庁公安課や外事課、警察庁警備局、外務省国際情報局統括官組織らがその役割の一旦を担っていますが、昭和の初め、帝都東京の中野に、「陸軍中野学校」という組織が生まれました。この学校、何と陸軍内でも存在を秘匿されていた程の徹底ぶりでして、謀略、諜報、ゲリラ戦に秘密潜入に工作活動、破壊に情報操作と言った物騒なカリキュラムをこなし、卒業試験は、厳重に守られた学校内の金庫にしまってある文書を盗む事、だったりしますからたまりませんね(^^)。太平洋戦争中の日本軍の快進撃を秘密裏に支えたのが、中野学校出身者である事は言うまでもありません。ラジオ局を占拠し「日本軍が包囲している」とのデマ情報を流したり、東南アジア司令官であるオランダ人の自宅の召使いとして仕え、深夜いきなり銃を突き付けたり、現地人と偽装結婚し武器を大量に密輸入したりと、将に映画の如く八面六臂の大活躍でした。その努力も実らず、日本は敗戦を迎えた訳ですが、中野学校出身者達は、密かに努力を続けます。天皇制がもし廃止された事を考え、宮崎の奥地に秘密アジトを作ったり、偽の履歴書でGHQに就職、マッカーサー最高司令長官の暗殺を狙ったり、大量の武器を密かに隠匿したり…。実際、往年の大スタアである市川雷蔵主演で「陸軍中野学校」シリーズが、昭和40年代に5本撮られています。この中野学校の元祖とも言える存在が、日露戦争当時に、ロシア革命を起こし国家転覆に大きく寄与した、明石元二郎大佐でしょう。彼は、欧州全土に隠れていた反ロシア皇帝の勢力を全て結びつけ、革命を起こさせるという離れ業を成し遂げた凄い男でして、中野学校の皆さんは明石さんを目標に誠心誠意、祖国日本の為に尽くした訳です。

若い方はご存じないかなあ?その中野学校出身者として最も有名なのは、フィリピン・ルバング島でのゲリラ戦を命じられ、30年近くを単独で戦い抜いた、日本帝国陸軍少尉、小野田寛郎さんであります。昼は密林の中に潜み、野生牛とヤシの実を食糧とし、ラジオを入手しアンテナは米軍から分捕り短波受信機を作り、鉄砲の弾は島内に遺棄された機銃弾を改良し使用、時折放火や略奪や狙撃を試みる、というまるで映画「ランボー」より二枚も三枚も上手な戦いぶりでした。このルバング島に米軍がレーダー基地を作ったものですから、小野田さんは文字通りの孤軍奮闘、基地司令官を狙撃し重傷を負わせるという凄まじい働きぶりでした。戦後30年を経て、直属の上官がこの島を来訪、命令解除を伝えると、漸く小野田さんは米軍に降伏したのです。将に、真の軍人、日本男児ここにあり、と僕は思います。そこまでの激戦を30年戦い抜いた小野田さんに、日本国の見舞金は僅か100万円(これは酷すぎる様に思いますが、皆さんは如何思われますか?)、彼は自らに贈られた民間からの見舞金をも含めて、全て靖国神社に寄付したのです。現在の小野田さんは、伴侶にも恵まれ、ブラジルに渡り牧場経営に大成功、現在もご存命でして、日本とブラジルの両国から叙勲を受け、幸せな生活を送られている様で、本当に良かったなあと、僕、心から安堵しています。

ところで、書いてるお前は何故そんなにスパイに詳しいんだ、と思われる方もいるかもしれません。実はですね………………、昔………………。おっとっと、壁に耳あり障子に目あり、雄弁は銀、沈黙は金ですからノーコメントと致しましょう、って冗談ですよ(^^)。戦後史や戦史に興味のある方なら周知の事実です(^^)。それでは皆さん、寒さに負けず楽しい週末を!
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