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冬の鷹 

遠方に 船の笛鳴る 元日の たそがれ時に 君に文書く、新年明けましておめでとうございます♪本年も何卒宜しくお願い申し上げます。さて、穏やかな晴天に恵まれた元旦でしたけれど、皆様、如何お過ごしでしたか!?実は僕、すっかり風邪気味でして、新年早々身体の節々が痛いんですよ、トホホ…。と謂いますのも、愛犬の甲斐犬のコロちゃん、老衰から来る体調不良で夜通し鳴きじゃくりまして、僕、まるで眠れないんです…。其の所為で免疫力が落ちているのでしょう、僕、激しく咳き込んだり、身体がゾクゾクと冷え、熱もある始末ですが、でも、今回の正月休みは長いですからね、気力を振り絞り、出社した次第です。

溜まった新聞や経済誌に目を通してますと、新年早々、嫌なニュースばっかりですねえ。台風の被害に遭った千葉の館山市、子供達の給食センターが壊滅してしまい、日々のお昼ご飯は、ご飯にふりかけに牛乳、其れだけでして、しかもね、予算が無いから、今年の9月まで此の状態が続くそうです。其の千葉県、未だに台風の爪痕が残っていて、同県南部の5400世帯は未だ、屋根がブルーシートのままでして、住民の皆さんが悲鳴を上げていました。1月1日から始まった日米貿易協定、此れも、日本側に一方的に不利な内容でして、全国の農家が大打撃を喰らうのは必定だとか。僕、食べ物を大事にしない国には未来は無い気がするのですけれど、読者諸賢の皆様方、如何思われますか!?其の食べ物で思い出したんですが、子供食堂ならぬ、大人食堂って出来てるんですって。非正規労働者や失業者に対し、食事と居場所を無料で提供する由、仙台に、大阪に、新宿に、続々と誕生しているそうでした。政府は何をしているのか、もう僕、怒りしか無いんですが、カジノの闇献金を、5人の与党議員が貰うレベルですからね、国民の惨状には何の興味も無いんでしょう。そうそう、広島のカワイ議員夫婦、案の定自民党ですけれど、公職選挙法違反で訴えられ、此処数か月、公の場に顔を出していないそうです。こんなのに給与やボーナス出してるんですもんね、国の借金が減る筈がありませんぜ。もう1つ、沖縄の辺野古の基地、当初は何千億掛かると謂ってたのが、今では2兆5500億ですって。しかもね、海上に建てるもんですから、技術的に難しく、完成するか分からないんですって…。よくまァ皆、自民党に入れますよねえ、僕には全く理解出来ません。最後に、大分合同新聞には、「介護保険 施設も人材も予算も不足」と大きく出ていまして、分かってはいる事なんですが、暗然としました。

実際、廻りを見ても、病院業界で、景気の良い話って、まるで聞かないですもんね。でも、負ける訳には行きません!!お蔭様で当院は、年明け早々、10人の新規採用が決まってますから、ありがたいばかりなんですが、こういう混迷の時代だからこそ、原点に戻ろうと僕、幕末期の医療を題材にした小説を読み耽っていたんです。

森鴎外の「渋江抽斎」に「伊澤蘭軒」。吉村昭の「ふぉんしいほるとの娘」に「日本医科伝」に「長英逃亡」。司馬遼太郎の「胡蝶の夢」。手塚治虫の「陽だまりの樹」。鴎外先生に手塚先生は医学博士、吉村先生は長い闘病生活を送った方であり、司馬先生は元新聞記者、其の取材力には定評があります。全て既読の書でしたが、夫々の先生方に依る、精緻な近代医療史を僕、すっかり堪能する事が出来ました。

シーボルトにボードウィン、マンスフェルトにポンペ。大阪の適塾に千葉の順天堂。高野長英に華岡青洲。日本の医療をより良い物にすべく、奮闘したドクター達でありまして、僕、改めて医師と謂う職業は聖職だと、感動したんですね。本邦初の病院は、此処大分で1557年、ポルトガル人医師のアルメイダ先生が建てられました。でね、僕、此れ又感動したのが、長崎大学医学部の前身である、オランダのポンペ医師が造った病院なんです。ポンぺ先生は、5年間で凡そ1万5千人の患者を診察、そして大学では、物理・化学・解剖学・生理学・病理学等々、1日8時間、教壇に立ち、61人の優秀なドクターを育てました。全国から集まった其のお弟子さん達が夫々の故郷で開業、或いは大学教授となり、近代日本医療の礎を築いたんですね。僕、此れも感動したんですが、日本初の女医さんである、楠本イネさんも又、ポンペ先生の弟子なんですね。楠本先生は、ドイツ人医師シーボルトと長崎芸者の間に生まれたハーフでして、江戸期の女性の立場って極めて弱く、激しい人種差別もあったのに、其れをものともせず、産科医として東京築地で開業、明治天皇の女官の出産に立ち会い、福澤諭吉から認められるなど、大成功を収めました。

もう1つ、ポンペ先生が造った病院は、「長崎養生所」と謂うのですけれど、124床で疾患別に4つの病棟に分かれ、湿気や通風、院内感染にまで気を使い、霊安室に図書館に薬局まであったそうです。此の病院が完成したのは、1861年と謂いますから、今から159年前ですもんねえ、其の当時に、此れだけ先進的な医療を提供していたかと思うと、ただただ頭が下がります。そして、特筆すべき事は、士農工商の差別があった当時、ポンペ先生は身分や貧富の差を気にせず、全ての患者さんを快く診察したんだとか。でもね、幕府の無理解もあり、公的な資金援助は得られなかったんですって。設計はオランダ人医師や其のお弟子さんが、建設は日本の大工さん達が、そして資金と土地は、長崎の大商人が、「地元に絶対に必要だ」として、全額寄付したんだとか。うう~ん、当時からお役所はまるで駄目で、民間が頑張っていた事がよ~く分かりますよね。

初夢と嗤われそうですけれど、何れ当院は、古い病棟を全面的に立て直す心算です。其の際は、ポンペ先生に負けない様、従来の精神科病院の常識を覆すべく、開放的な施設にする予定なんです。患者様と其のご家族、地域の皆様、当院全スタッフの為、誠心誠意頑張りますので、本年もご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い申し上げますm(__)m。
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