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空海の風景

読者の皆様、おはようございます。湿気が酷く、鬱陶しい日が続きますけれど、週末は如何お過ごしでしたか!?僕、晴耕雨読の顰に倣い、昨日は終日読書に勤しんでいたのですけれど、ふと付けたTVニュースを見て、吃驚したなァ。謂えね、と申しますのも、トランプ大統領が電撃的に北朝鮮を訪問、金委員長とトップ会談を行ないましたでしょ。大統領選挙前の人気取りだと、シニカルに見る向きもある様ですけれど、先ずはフェース・トゥ・フェースで話をしない事には、何も始まらないですもんね。僕、トランプは決して好きじゃありませんが、少々見直しました。でね、凄いなァと感心したのが、トランプってもう、73歳でしょ。ワシントンからG20で大阪、そして韓国に入り北朝鮮と、相当な強行軍ですけれど、元気ですもんねえ…。話は逸れるんですが、男性って、とっても差が激しくて、70を過ぎて毎日ボーッと窓の外を見ている人が居ると思えば、随分年下の美しい女性と再婚される魅力的な方もおられますし、やっぱり、何時までも元気でいなくては駄目ですよね。

其れはさておき、昨日は野球界で画期的な出来事がありまして、ヨーロッパで初めて、プロ野球の試合が行われたんですね。ヤンキースVSレッドソックス、1世紀以上続く伝統の一戦ですけれど、ロンドンのマウンドに立ったのは、我らが田中投手でありました。残念ながら打ち込まれてしまったのですけれど、此の歴史的な試合に投げられたって、本当に凄い事でありましょう。でもねえ、田中君に感心するのは、大阪で生まれ、北海道の高校でプレーし、プロでは仙台に行き、アメリカに渡りニューヨークを本拠地とし、そして今回のロンドンでしょ。彼の偉大な足跡を見ると、旅をする度に、成長を続けている気がしてなりません。

閑話休題、僕、偶然なのですけれど昨日、ドナルド・キーン博士の畢生の名作、「百代の過客」を再読していたんです。此れ、日記にみる日本人と副題が付いているんですね。平安時代から現代まで、日本人の日記を辿る事により、歴史を風俗を、そして日本人其のものに迫ると謂う、将に不朽の名著でありましょう。でね、通読して思ったのが、紀行文って、本当に多いんですよ。平安期の「土佐日記」に始まり、室町期の「富士紀行」、「東国紀行」、「筑紫道記」、「幽細旅日記」。江戸期になりますと、松尾芭蕉の一連の日記を筆頭に、枚挙に暇がありません。中には、江戸に住む侍達が、お休みの度に、関東圏内の観光地を訪ね歩く物や、女性の旅日記や、老僧が6年半を掛けて日本一周する紀行文等々、本当にバラエティに富んでまして、非常に興味深いんですよね~。そうそう、僕にご縁のある土地も出てまして、其れは大分の宇佐と千葉の大網でして、両親の生まれ故郷なんですが、共に江戸期からガラが相当悪く、日記の作者は這う這うの体で逃げ出しているのには苦笑しました。

幕末から近代になりますと、福澤諭吉先生の「西航記」に始まり、鴎外漱石の両巨頭、そして永井荷風の「西遊日誌抄」等々、海外に滞在した日記が増えるんですね。そう謂えば、僕の大好きな松本清張、彼の膨大な作品群は、古代史から美術史、宗教にエッセイまで、多岐に渡るんですが、矢張りミステリーがメインでありましょう。でね、其の多くの推理小説の中で、主人公達は頻繁に旅に出るんです。北海道から九州まで、万遍無く網羅されていました。物好きな読者が、其の距離を計算した処、鉄路で1万3500㌔にも及ぶんだとか。実際、清張先生は、国内はもとより、殆ど世界一周した程の旅好きでしたもんね。其の旺盛な好奇心が、あの膨大な作品群の源でありましょう。

でね、僕、つくづく思うんですが、日本一の旅好きと謂えば、弘法大師、即ち空海さんだと思うんです。お遍路で有名な、平安期の巨人ですけれど、彼の生涯を辿りますと、分け入っても分け入っても青い山、常に旅烏でありました。

だってね、空海さんは、讃岐の国ですから、現在の香川県に生まれ、長じては京都の平城京で学び、其処でドロップアウト、そして10年近く、日本中の山々に登り、厳しい修行に明け暮れます。30を過ぎてから中国に渡り、一層勉学に励み帰国します。其の後も、九州・四国・近畿圏内を旅し続け、62歳で亡くなるんですね。其の旅の間、真言密教を確立させ、多くの本を書き--中には、日本初の戯曲もあったとか--、日本三大書家と呼ばれる程の達筆でした。おまけに、中国語はぺらぺらで梵字も解し、地元香川の満濃池の堤防を造るわ、薬学を学んだ経験上、多くの患者さんを治したそうです。天皇陛下にも気に入られ、政治上のアドバイスもした節がありまして、うう~ん、翻訳家・宗教家・書家・建築家・医師・政治家と謂う、将に天才でありましょう。

でね、僕、空海さんの礎となったのが、中国への留学だったと思うんです。当時は唐と謂う国でして、其の首都長安は、世界一の大都会でした。日本の平安期に人口100万人を超え、中近東・欧州・中央アジア・インド・東南アジアの人達まで集まっていたんですね。若き日の空海さんは、中国人達と共に、インド人の教師から仏教や医学や建築を学んでおり、余暇には市中散策を好んだんだとか。此の貴重な経験が、弘法大師となる基礎になった事は間違い無いでしょう。

うう~ん、実際僕も、世界30か国は行ってまして、とてもとても空海さんのレベルには一生到達しませんけれど、やっぱりうちのスタッフも、是非とも海外視察に行って貰わねば!!よおし、今週は、色んな人に打診してみようっと!!
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