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~LE GRAND BLEU~

おはようございます。今日からいよいよ11月、もう今年も残り少ないですね~。今朝は、院内のホールで職員全員が集まる全体朝礼があり、院長先生より、年明け早々に医療スタッフが益々増える事に加え、土曜日の外来診察の時間帯を伸ばす旨、訓示がありました。今後とも全職員一同、一致団結し、患者様の為、そのご家族の為、そして地域に愛される病院目指して、今後益々の奮闘努力を続けて参ります!

さて、私事ですが、どうも体調不良が続いておりまして、朝夕に熱が上がりだるい事この上無し、とても閉口しています。特に持病がある訳では無いんですが、季節の変わり目には風邪気味になる事が多いですねえ…。僕、実は小学生の頃、大病を患った事がありまして、3~4年生の時でしたか、肺炎に肋膜炎を併発し、1学期の間まるまる休んだ事があるんですよ。幼稚園の頃から病弱で、しょっちゅう休んでいた様ですが、この時は酷かったですね。40度を超える高熱が連日続き、意識は朦朧、全く覚えていないのですが、どうやら自分でも死を意識していたようで、「お母さん、僕は死ぬの?」とうわ言で呟いていた由、病状を楽観視していた医師である父も、母からの鉄拳制裁で目が覚めた様で、慌てて高価な注射を打ったそうです。注射の効果はてきめんだった様で、嘘の様に熱は下がり、薄紙を剥ぐかの如く病状は回復しました。

僕、とても驚いたんですが、2カ月近く寝たきりだったものですから、筋肉が弱りきっていて、自分で立てないんですよね。痩せ衰え、母におぶって貰い、近所の公園で日光浴をした事を思い出しますし、数カ月ぶりに入った風呂の何と心地良かった事か!全身にお湯が浸みわたると言う表現が正しいかどうか分かりませんし、尾籠な話で申し訳ありませんが、垢やフケがボロボロと落ち、地肌に暖かいお湯がまとわりつく感じ、途轍も無い快感でした。久方振りの入浴後は全身が真っ赤となり、まるで古事記にある因幡の白兎の逸話の如く、まあ肌がピリピリ痛む事痛む事…。

それまでの母は「勉強しなさい!」「自立しなさい!」の一点張り、僕の耳に蛸が出来ようとも、飽きる事無く同じ言葉を繰り返していたのですが、激変し、体力作りのみを煩く言う様になりました。市営プールに連れて行き、スイミング・スクールに強制入会、連日の水泳の猛特訓です。水泳よりも寧ろ野球好きだった僕は、ボールを握る事を願ったのですが、母は一切聞いてはくれません。「全身運動が良いのよ、とにかく泳ぎなさい!」、問答無用の命令に渋々従い、筋力は落ちていますから、最初は縦に泳ぐプール内において、横の距離を泳ぐのが精一杯、それが終わると精根尽き果て、戻ると泥の様に眠る様な状態でした。

人間の身体の回復って凄いものがあります。水泳漬けの生活を続けているうちに、プールの横の距離しか泳げなかったものが縦の距離の往復が可能となり、スクールのコーチの指導も適切だったのでしょう、グングンとタイムも良くなりました。僕、それまでは偏食で、好き嫌いが多く、ヒョロヒョロに痩せていたのですが(今の僕を知る方には信じられない体型でした…。)、何でもモリモリ食べる様になり、筋肉が付き、大病する前より寧ろ逞しくなったのです。病後1年が経ち、1㌔の距離を毎日泳げる様になった頃、母とコーチの勧めもあり、大分市の児童水泳大会に出場する事となりました。生まれて初めての大会出場、緊張する事ばかりでしたが、多くの児童が参加する予選を勝ち抜き、何とか決勝まで勝ち進む事となりました。参加当初は恥をかかなきゃいいや、なんて思っていましたが、ここまで来れば勝ちたいのは誰でも同じ、であります。

さて、スタートのピストルが鳴り、大分市児童の部、50㍍自由形の決勝戦が始まりました。僕、飛び込みはあまり上手では無く、当初は差を付けられましたが、何と言っても泳いでいる量が違います。中盤からは差を付けて悠々と先頭を泳ぐ事となりました。もう優勝した気分だったのですが、好事魔多し、僕の目に母の姿が映ったんですね。それまでは泳ぎに夢中になっていて気付かなかったけれど、そう言えばスタートしてからずっと母の声と姿があったのは何故だろうと不思議に思っていたんです。何と母は僕が泳ぐのと一緒にプールサイドを並走、声を嗄らして応援してくれていたんですね。僕、水中で思わず涙がこぼれそうになりました。大病を患って1年、やっとここまで体力が回復した僕の姿が、母は嬉しくて仕方が無かったんでしょう。恥も外聞も気にせず応援してくれる母を見て、よし、ここまできたら優勝だ、待っててね~、と泳ぎ続ける僕でしたが、母の「ギャーッ!!」という声で振り返り、ゴール目前で泳ぎを止めてしまったんです。母は応援に熱中し過ぎて、足元の注意が疎かになり頭からプールに落下、僕の目に入ったのは、監視員のお兄さんが慌ててプールに飛び込む姿でした。呆然とする僕の横を男の子が抜いていってしまい、無念の2位となりました(^^)。

成人してからも様々な場所で泳ぎました。田ノ浦や奈多といった大分の海岸は勿論、宮崎や千葉や沖縄本島や小浜島や与論島、タイのパタヤにプーケット、台湾の墾丁、シンガポール沖のラワ島、香港の何処かノスタルジックな雰囲気のランタオ島。7000を超える島から成るフィリピンでは、セブ島、ボホール島、パラワン島が印象に残っています。アメリカでは勿論ハワイの島々を筆頭に、サンフランシスコはゴールデン・ゲイト・ブリッジ近くのヌーディストが集うベイカー・ビーチ、ホエール・ウォッチングの名所で知られたムーン・ビーチ、そしてサンタ・クルーズ。ロサンジェルスでは、8つの有名なビーチがあり、ベニス・マンハッタン・サーフライダー・エルマタドール・ハモサ・カブリロ・レオカリオ、夫々個性があり、僕は最もロマンティックな景観のエルマタドール(その名を冠したテキーラ・ベースのカクテルもありますよ)がお薦めです。オーストラリア大陸では、ゴールドコーストで、メルボルンでは野性のペンギンのいる小島で、パースという「世界一美しい都市」と呼ばれる西部の街の、インド洋に面したモスマン・ベイやネッドランズ・ビーチで。メルボルンからフェリーで一泊すればタスマニア島、そこには世界トップテンに選ばれ、南極海に近いワイングラス・ベイがあります。将に抜ける様なエメラルド・グリーンの海の色と、南半球でしか見られない背の高い植物群、そこはかとなく聞こえる野性動物の鳴き声と、薄っすらと見える南十字星は、この世のものとは思えない美しさでした。

体力作りと健康維持には水泳が一番、僕も風邪が抜けたら久し振りに泳ぎたくなりました!

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8つのビーチのうち、1つ大事なものが抜けていました、すいません。最も有名な、サンタモニカビーチ、です。
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