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或る「小倉日記」伝

めっきり寒くなりまして、読者の皆様、週末は如何お過ごしでしたか!?僕、北部九州縦断の旅と申しますか、色々と所用があり、移動移動の連続でありました。其れにしても、行けども行けども山又山、九州は広く雄大でござんすねえ。今更ながら実感しました。でね、1泊したんですが、其のホテル、何故かフロントのロビーでデカい亀を何匹も飼ってまして、変わってるなァ…。しかもね、朝食と夕食が付いて5000円行かないんですもの、経営は大丈夫なのか心配になりました。僕、朝食だけ頂いたんですが、焼き鮭に納豆、小さな卵焼きとお浸し、漬物にふりかけ、そしてご飯もお味噌汁も食べ放題、若い学生さん達が食堂に居ましたけれど、皆さんしっかり食べてたもんなァ。ホント、地方の民間企業は頑張っていると僕、とっても感心しました。

其れはさておき、九州新幹線で小倉で降りまして、其処から大分までの特急に乗り換える心算だったんですね。でも、折角小倉に来たんだし、快晴でもあるし、少しは散策するかと、小倉城を目指し、徒歩で向かったんです。お目当てはお城の直ぐ横にある、松本清張記念館でして、小体な建物なんですが、僕にとってはパワー・スポットなんですよね♡と申しますのも、松本清張先生、不惑の40歳を超えてデビューし、80を過ぎても書き続けた超人なんです。記念館に入って直ぐの処に、清張先生の諸作品を飾っているんですが、其の数何と700を越え、見上げる様な巨大パネルなんですよ。しかも、其れが全部の作品じゃないってんですから、いやはや何とも、恐れ入りましたm(__)m。又ねえ、清張先生の守備範囲の広さは物凄く、純文学系の作品あり、勿論ミステリーあり、男女の情念を描いたドロドロの復讐劇あり、古代史に近代史、ノンフィクションに評伝、絵画に写真に紀行文、そして国内外を飛び回り取材に講演、将にユーラシア大陸を思わせる程のスケールの大きさなんです。其れを40を超えてから成し遂げたんですもの、自分だってやれると、勇気づけられる事請け合いですよ!

未読の文庫本を大量購入、汗をかきながら駅に向かおうとしたら、北九州市立文学館がありまして、「描かれた西郷どん展」が開かれてました。僕、日本史の中で、西郷さんが一番好きですから、電車の時間が気になりましたが、こりゃ行くしかありません。絵画・文学・漫画・映画・お芝居・TV等々、西郷さんがどう描かれたかを展示してまして、非常に興味深かったです。とりわけ、名だたる文豪の多くが西郷さんを取り上げてまして、夏目漱石に内村鑑三、福澤諭吉に徳富蘆花、芥川龍之介に尾崎士郎、三島由紀夫に池波正太郎、司馬遼太郎に松本清張、林真理子に津本陽、そして僕の敬愛する海音寺潮五郎と、其の直筆原稿の多くを観られた上、西郷さんの直筆の漢詩まで展示してまして、いや~、眼福でした♡

吃驚しましたのは此の文学館、文庫本の出版までしてまして、小倉に所縁のある作家の本を順次刊行しているんですね。既に20冊近いそうで、僕、其処の売り子のお姉さんに色々と教えて貰い、とりあえず、鴎外と林芙美子と俳人の橋本多佳子の句集を買いました。本の荷物が増える一方でして、ヒイヒイ謂いながら駅に向かっていたんですが、矢鱈と文学碑が目に付くんですね。三山の 高嶺つたひや 紅葉狩り、此の杉田久女の句碑が先ず目に入りました。そして、森鴎外の旧居跡地、丸橋静子・横山白虹の句碑、詩人の仰木実に作家の劉寒吉の碑もあり、小倉駅の徒歩圏内に此れだけあるって、壮観ですよねえ。おまけに、松本清張記念館に北九州市立文学館がありますもんね。そう謂えば、設立から1世紀近く経つ文芸誌である「九州文学」、多くの直木賞芥川賞受賞者を輩出したんですが、此のリーダー達は皆、小倉の人達なんですね。しかも、北九州出身と謂えば、作家は此れだけじゃないんですよ。「花と龍」「麦と兵隊」の火野葦平、「復讐するは我にあり」の佐木隆三、「無法松の一生」の岩下俊作、芥川賞の若手作家、平野啓一郎でしょ。漫画家でも、「銀河鉄道999」の松本零士、「シティハンター」の北条司、「まんだら屋の良太」の畑中純を輩出しています。

映画監督や舞台俳優、ロックミュージシャンにお笑い、マスコミ関係に実業家、スポーツマンに学者と、書いていて切りが無い程、著名人を輩出しているんです。でも、北九州市って、人口が100万に満たない訳で、其の輩出率って、全国有数と思います。

でね、電車を待つ間、小倉名物の鉄鍋餃子、鯖のじんだ煮、玄界灘で獲れた鯵のたたきで昼間から生ビールをやりながら、僕、どうしてそんなに優れた人物が此の地から出るのか、ほろ酔いの頭で、とつおいつ考えていたんです。

此の地は古来から九州の要衝であり、古い古い昔から国際港だった、博多と下関と門司が非常に近いでしょ。恐らく、中国や韓国は勿論の事、東南アジアやシルクロードや欧州の文化も、奈良期には入っていたに違いありません。しかも戦国期は、西日本最大の大名だった大内氏の領土でした。此の大内氏、非常に京都に憧れる家柄でして、京文化を盛んに取り入れたんですね。又、近代になりますと、大製鉄所が出来、西日本一帯は勿論の事、全国各地から働き手が集まりました。様々な情報や文化が飛び交っていたのは間違い無いでしょう。実際、昭和30年代当時、小倉にある貸本屋や映画館の数って、全国トップクラスだったそうです。

此れだけ多くの刺激や情報が行き交い、其処で優れた感性の若者達が互いに刺激し合えば、そりゃ様々な芸術家が登場するのは必然でしょうねえ。と、外れているかもしれませんが、自分なりに結論が出て何だか納得、帰途に着きました。そして電車の中で思ったのは、当院も小倉の様にあらねばならぬ、と謂う事でした。幸い優秀な若者達は沢山揃っているんですから、より一層風通しを良くし、情報をどんどん与えれば、先輩も後輩も同僚も、皆が刺激し合い互いに成長し、当院は益々大発展出来そうです。よおし、今週も頑張るぞ!!
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