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❀ 西行桜 ❀

昨夕、仕事終わりにスーパーに寄りましたら、僕の大好きなアメタの干物が売ってまして、そう謂えば今が旬なんですよね~♡此のアメタ、一般的にはエボダイと謂いまして、英語ではバターフィッシュと呼ばれる様に、非常に美味なんですよ♡幼魚の時は、クラゲの下にじっと隠れているんですね。でも、長じると其のクラゲを食べちゃう悪い奴なんですが、淡泊ですが脂が乗っていて、非常に美味であります。刺身に煮付けに唐揚げ、背越しに南蛮漬けにお鮨、何でもいけますが、僕のお勧めは矢張り、塩焼きでしょうか。昨夜、焼き立てにカボスを絞り、大根おろしと紫蘇と、早速賞味したんですが、美味しかったなァ。でね、カボスが余りましたから、其れを焼酎に入れ、YOUTUBEを観ていたんです。僕の大好きな「まんが日本昔ばなし」でありまして、此れ、何も考えず、お酒の酔いに身を任すには最適でありましょう。超一流のイラストレーター達による独特のタッチの絵、クラシックからラテンやロックまで劇中歌となり、常田富士男と市原悦子の優れた役者のナレーション、うう~ん、時の経つのを忘れてしまいます。僕、オッサンだなァと笑われそうですが、「はじめ人間ギャートルズ」と「忍者ハットリ君」のアニメをこよなく愛してまして、DVDを買おうか何時も迷ってるんです。其れはさておき、「まんが日本昔ばなし」を観ながら、ご酒が少々過ぎた様で、酒飲みは 奴豆腐に さも似たり はじめ四角で 末はぐずぐず、気付くとカラスカァと啼いて朝でした。でも気分は爽快、自転車をぶっ飛ばして出勤した次第です。

で、昔話を観ていて、とつおいつ考えていたのですけれど、其のフォーマットって、能に酷似しているんですよね~。僕、能も大好きなんですが、大体の粗筋って、異世界や魔性の物と、人が出会う話が多いんです。鬼や亡霊、仙人や神様が現れまして、人間を翻弄するんですね。日本の昔話もそうでしょ。桃太郎は鬼が島に鬼退治に行き、浦島太郎は竜宮城で乙姫様から宝箱を貰い、天の羽衣は天女が空から舞い降ります。一寸法師は鬼と闘い、鶴の恩返しは女性が実は鶴であり、かぐや姫は竹から生まれて月に帰ります。ネッ、異界と人間界が遭遇する話ばかりでしょ。僕、能を含め、此れらの話が成立した頃って、朝には紅顔ありて夕には白骨となれり、即ち政情が不安で、戦や追剥、疫病や天災も多く、人の死が日常だったからだと思うのですけれど、皆様如何思われますか!?

閑話休題、信長公秀吉公家康公にこよなく愛された能ですけれど、其れが文化として成り立ったのは矢張り、江戸期でありましょう。社会が安定し、各藩共能楽師を雇う様になったんですね。歴史の教科書ですと、安土桃山時代の末から江戸期は、刀狩りや身分制度、そして五人組や参勤交代の制度があり、何だか息苦しいイメージですよね。でも僕、其れには大いに異を唱えたいんですよ。

だってね、能楽師上がりで、殿様の地位まで登り詰めた人達だって居るんですよ。間部詮房と謂う群馬の殿様ですけれど、彼は能楽師の出身ながら老中の地位まで就きましたから、そうですねえ、今で謂えば、吉本の芸人さんが首相になった様な物でしょう。大久保長安、彼も能楽師の家に生まれた芸人さんですが、金山発掘の天才でして、彼も又老中、首相の座に就きました。本願寺の坊官として、織田信長と戦い、全国でゲリラ戦を展開していたのが下間一族なんですが、彼らも又、能楽師の一面を持っていました。其の末裔が、大阪の尼崎で殿様になっています。

此れ、能楽師だけじゃないんですね。藤堂高虎や田中吉政らの大大名は貧農の出。彼の有名な柳生一族、彼らは奈良の大名ですけれど、元々は剣術家でしょ。中根正盛と謂う大目付が居まして、今ならば公安かなァ、彼は忍者上がりです。三重県の鳥羽市の大名、九鬼氏は代々海賊であります。四国の大名、蜂須賀家は盗賊の出。僕の父方の実家である大藤家、最終的には千葉に領地を貰った幕臣だったそうですが、元々は山賊の長でした、お恥ずかしい…。そうそう、神主や坊さんの系譜を継ぐ大名だって居ますからね。

そして、鎖国のイメージが強過ぎて、織豊期や江戸期には、此の国には日本人しか居なかったと謂うのも、大きな間違いです。織田信長公の家来の弥助、彼はアフリカ出身の黒人だったのは広く知られた話です。でもね、奈良時代にペルシャ人が京都に住んでいた記録が残っている位なんですよ。そして、安土桃山時代、長崎での戦では、何と黒人やインド人の兵が参加、大砲を打ってたてんですから、ちょっと信じられないですよね~。中国や韓国で生まれ、日本の殿様に仕え、武士となった方など、枚挙に暇がありません。日本人なら誰もが知っている忠臣蔵、赤穂浪士四十七士の中に、武林隆重と謂う侍が居るのですけれど、彼のお爺さんは中国生まれのドクターです。東京駅の八重洲の由来にもなった、オランダ人のヤン・ヨーステン、彼は船乗りで大分に漂着したところ、家康公に認められ、旗本として侍となりました。イギリス人のウィリアム・アダムスも同様でして、彼らは日本人女性と結ばれました。其の子供が跡を継ぎましたから、碧い眼をした侍が居た事が正式な記録に残っています。又、蒲生氏郷公に仕えた山科勝成と謂う侍は、どういう経緯で日本に来たのかは不明なんですが、イタリアはローマ出身の騎士だったとか。

僕、親友のMさんが其処の出身と謂う事もあり、長崎って大好きなんですよ。ちゃんぽんに皿うどん、トルコライスに小龍包、何を食べても美味しいですし、風光明媚で人情豊か、何時か住みたいと思う街の1つです。で、Mさんに案内されて、出島を見に行ったんですが、其処に置いてあった江戸時代の絵画には僕、非常に感銘を受けました。長崎のお祭り、くんちを描いた物でしたが、其の観客は、日本人に中国人、韓国人に欧米人、黒人まで居まして、真の国際都市だったんですね。そうそう、当時の長崎奉行所の記録が沢山残っているんです。其れに依りますと、長崎市民は黒人と随分仲良しだった様で、共にお酒を呑みに行って芸者さんを呼んで大騒ぎしたり、将棋を指したりしてるんですよ~。江戸時代の民間の国際交流でして、何だか微笑ましいですよね♡

僕、今の時代の方が、グローバルと謳いながらも、実は陰湿で排他的でドメスティックな感じがします。だって、トランプにせよ、世界中で猛威を振るう極右の連中にしても、江戸期の日本人より、余程器が小さいんじゃないかしらん…。
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