シンガポール・スリング

朝露に 濡れにし衣 干さずして 独りや君が 山路越ゆらん、今朝の大分は凄まじい濃霧でして、僕、恒例の、愛犬の甲斐犬のコロちゃんの散歩に出てたんですが、行き交う車が皆、フォグ・ランプを付けてましたもんね。今日は全国的に悪天候の由、皆様、お仕事の行き帰りの際は、どうぞお気を付け下さいませm(__)m。

さて、先週末は僕、ラグビー観戦をしていました。会場に行けなかったのは残念ですけれど、此処大分で、日本VSイタリアのテストマッチがありまして、ナイス・ゲームでした。前々回の拙ブログの予想は半分当たって半分外れでして、タイトなゲームになると書いたのですけれど、34-17のダブルスコアで日本の快勝でしょ。嬉しい誤算でしたが、日本は本当に強くなったと感無量でありました。だって、正直な処、イタリア代表は日本代表より格上ですし、ワールドカップの実績も、相手の方が遥かに上ですもの。さて、予想が当たった処は、僕が書いた日本代表のキープレイヤーが皆、素晴らしい活躍を見せた事でしょうか。堀江の絶妙なパスワーク。キャプテンのマイケルの献身的なプレイ。マフィの抜群の突破力。田中のボール捌き。韋駄天福岡の、60㍍の独走トライ。山田のキックパスも申し分が無く、松島のトライも見事でありました。スクラムもセットプレーも安定してましたねえ。修正すべき点は、バックス陣の守備に綻びがあり、タックルミスが少々目立ちましたけれど、此の調子なら、次のイタリア戦、ジョージア戦も勝利が期待出来そうです。こりゃあ、来年のラグビーワールドカップが益々楽しみになって来ました♡

さて、此のラグビーワールドカップ、今までは、所謂強豪国でしか開催されなかったんです。ラグビーって、完全なる実力主義ですから、ニュージーランドやフランス、イングランドや南アフリカ等々、「強豪国じゃないと開催出来ないよ」と謂う、暗黙の了解があったんですよね。其の意味でも、今回の日本大会は非常に価値があるんです。イタリアやウェールズ、アイルランドやロシアも、ワールドカップを誘致していた中、何とか日本開催が決まったのですけれど、実はね、其の流れの中で、シンガポールでも試合する案もあったんですね。同国のラグビー代表は、余り強く無いのが其の一因でしょうが、何時の間にやら、シンガポールでの試合案は流れてしまったのですけれど、彼の国の外交能力って大した物だと僕、常々感心しているんです。

と申しますのも、明日からシンガポールで、史上初の米朝首脳会談が始まりますでしょ。此処からは僕の推測なのですけれど、何故シンガポールが選ばれたかと申しますと、先ず、非常に治安が良いですよね。そして、国際会議の実績も豊富です。だって、シンガポールにある外国企業って、7000社を超えるそうで、あんな狭い処に其れだけ誘致出来るって、如何に外交能力に長けているかの証左でしょう。アメリカとも親密な関係にあり、北朝鮮の大使館もシンガポールにありますから、彼の地が選ばれたのは必然だったのでしょう。シンガポールにとっても、歴史的な会談の場所に選ばれ、大いに宣伝になりますし、此れが成功すれば、「世界に開かれた安全で信用の置ける国」として、アジアにおける発言力は増すでしょうねえ。

僕、改めて感心するのですけれど、シンガポールって、本当に小さい国であり、複雑極まりない歴史でしょ。ポルトガル~オランダ~イギリス~日本~イギリスと統治者が変わり、東南アジアに欧州各国、中近東の人達も交易でしばしば訪れました。そして現在の大統領は華僑系ですから、中国人の血が入った方ですもんね。でね、僕、象徴的だなァと思いましたのが、今回の米朝会談で使われるホテルなんですよ。カペラと謂う、超一流のホテルなんですが、実は此処、かってはイギリス人将校の宿泊所でしたが、其の後は旧日本軍が接収、捕虜収容所となり、「死の島」と呼ばれていた位なんです。かってシンガポールを支配していたイギリス人の宿泊所だったのに、自分達が捕虜として収監されるだなんて、歴史って皮肉ですよねえ。其の地が今、超高級リゾート地として生まれ変わり、今度は米朝会談の場所となるんですから、本当に興味深いです。

尤もね、カペラに限らず、シンガポールの老舗ホテルって、此の国の歴史を象徴するかの様に、複雑怪奇な因縁を持つ処ばかりなんですよ。例えばグッドウッド・パーク・ホテルって、元々はドイツ人の社交場としてオープンしたんですね。ところが、第一次世界大戦でドイツが敗北した為、此の建物は没収、ユダヤ人の手に渡り、ホテルとなるんです。そして、日本軍が同地を占領した際は、日本海軍の宿泊施設となり、我が国の帝国ホテルの傘下となります。そして今では、マレーシアの大銀行の持ち物となりました。彼の有名なラッフルズ・ホテルも同様です。東欧のアルメニア人が資金を出し、アラブ人の土地に建てたホテルでして、此れ又日本軍が宿舎として使い、そしてイギリス軍の手に落ち、イラン人が支配人となり、現在のオーナーはマレーシア人であります。因みに、此のホテルが発祥の地と謂われる「シンガポール・スリング」のカクテル、ジンベースの甘い飲み物を造ったのは、中国とベトナム人のハーフだそうですよ。

ホテルの歴史1つ取っても、随分と複雑な国情がお分かり頂けたかと思います。しかもね、此れだけ為政者や支配者が変わり続ければ、生き抜く為にも、シンガポール人の外交能力って、強かな二枚腰三枚腰となり、磨かれる一方だったでしょう。ですから、今回の歴史的会談の地に選ばれたのも納得ですよね。其れにしても、今回の会談が見事に成功し、極東の地に平和が訪れ、北朝鮮に拉致された人達が戻って来ます様に…。
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