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ホテル・ニューハンプシャー

読者の皆様、おはようございます。僕、2泊3日の強行軍でしたが、無事に東京出張を終え、昨日戻って来ました。今回、アテンドして頂いた多くの方々には、此の場を借りまして、厚く御礼申し上げますm(__)m。本当にありがとうございましたm(__)m。もし皆様が大分にお越しの際は、是非お声掛け下さいませ。袖振り合うも他生の縁、次回はこちらがお世話させて頂きますm(__)m。

いや~、僕、飛行機がどうにも苦手なものですから、基本的に新幹線での移動なんです。大分から東京までぴったり6時間の汽車旅ですか、でも、日頃縁遠い堅い本を読破したり、仕事の資料を精査したりして、ふと疲れると車窓からの景色を愛でたり、珍しい駅弁に舌鼓を打ったり、結構充実しているんですよね♪でね、ふと気付いたのですけれど、新幹線の窓からの景色を見てますと、全国各地で、かなり太陽光パネルが目立ったんですね。尋常では無い数でして、此れだけ太陽光発電が普及していて、火力や水力、地熱に風力だってある訳でしょ。僕の邪推かもしれませんけれど、ならば実はもう、原発が無くても電力は足りているのではと、ふとそんな思いに駆られました。

さて、今回は一人で動けるプライベートな時間が殆どありませんで、でもねえ、折角都内に居る訳ですから、少しでも楽しみたいと僕、お昼休みを利用しまして、大好きなお蕎麦屋さんに行って来ました。上野は不忍池の近く、鈴本演芸場の裏にあります、蓮玉庵でして、安政6年に開店と謂いますから、えーとえーと、創業以来159年ですか、でもちっとも気取りが無く、所謂ざっかけないと謂うのかな、鳥南蛮蕎麦に板わさに冷酒を1本、とっても美味しかったです。あれ、でも僕、其の前の日のお昼も、ざる蕎麦と卵焼きと麦酒だった様な…。

でね、兎に角時間が無かったものですから、僕、せめてもの慰めにと、定宿のホテルで自転車を借りまして、サイクリングに行って来ました。夕闇迫る人形町を、エトランジェでありホーボー、即ち異邦人かつ流れ者の僕が、フラフラと自転車を漕ぎ、焼きたての煎餅を齧ったりして、中々風情がありました。そうしましたら、隅田川に出まして、ちょうど将に逢魔が時、煌めく月明かりに包まれながら、新大橋の上で川風に吹かれ、行き交う屋形船や鴎、そして首都高にお星様を見ていました。何だか僕、明治の帰朝者と申しますか、まるで文人になった気分だったのですけれど、其処でふと気付いたんですよ。

シンクロニシティと謂いますか、今回の僕の行程って、ささやかな物でしたが、偶然なのですけれど、全て明治の文人の足跡を辿っていたんですね。先ず、ホテルから徒歩数分で、谷崎潤一郎の生誕地があります。ホテル近くの有馬小学校は、直木賞作家、有馬頼義のご先祖様が寄付した土地に建っています。そして先程触れました、お蕎麦の蓮玉庵は、森鴎外に吉川英治、田山花袋に舟橋聖一、樋口一葉に久保田万太郎がこよなく愛したお店でしょ。池之端の 蓮玉庵に 吾も入りつ 上野公園に行く 道すがら、此れは斎藤茂吉の句ですもんね。蓮玉庵に行く際に通った、湯島天神は泉鏡花の名作「婦系図」の舞台になった処。そして、サイクリングで行った新大橋は、林芙美子の散歩道でしょ。そして永井荷風の「すみだ川」と謂う作品があり、研修先に行く際に何度も使った日比谷線、築地の駅で降りたんですが、其処は芥川龍之介の生誕地。うう~ん、僕、文学的素養は皆無ですけれど、気分はもう文豪でありました。

そして、此れも偶然の一致でして、本当に吃驚したのですけれど、僕の定宿って、人形町にある、家族経営の小体なホテルなんですね。シティペンションと銘打っている位でして、安価で便利な上、近隣には美味しい食べ物屋さんが沢山あり、僕、こよなく愛しているのですけれど、此処を使ってもう四半世紀近く経つんです。で、今回、長年探していた本を、神田神保町の古書店で見つけ、嬉々として読んでいたんですね。僕の私淑する文藝評論家、川本三郎先生の「大正幻影」と謂う文庫なんですが、其の一節をご紹介します。「隅田川への想いは強くなる一方だった。人形町や浜町を毎日の様に歩くようになった。墨田川にかかる新大橋を渡って深川にも足を伸ばすようになった。~中略~そのころから私はときどき日本橋蠣殻町のちょうど有馬小学校の前にある、家族だけでやっている小さなホテルを仕事場として使うようになった。家族だけでやっているので、私はそこを秘かにホテル・ニューハンプシャー--ホテルを題材とした名作映画のタイトルです--と名付けた。週末になるとその小さなホテルに泊まって、永井荷風、芥川龍之介、谷崎潤一郎の作品を楽しみながら読んだ。私にとってそれは黄金の時だった。自分が生きている現代をしばし忘れ、過去の中に遊ぶ事が出来た。」いや~、僕なぞ川本先生の足元にも及びませんけれど、此処まで趣味が一致し、しかも同じホテルを定宿にしている訳で、本当に嬉しかったなァ。

川本先生は、京都の名門貴族である、平安期から続く冷泉家の血を引き、麻布高校を出て東大法学部卒、そして朝日新聞の記者になると謂う、大変なエリートであり、由緒正しい家柄なんですね。ところが、27歳の時、取材を通じて、学生運動の指導者と交流を深めます。其の指導者は何と自衛官を殺害すると謂う、大変な暴挙に出るのでした。当然捕まるんですが、川本先生は、勿論犯行には全く関与してなかったのですけれど、其の犯罪者と密接な関係にあったとして、逮捕された上、執行猶予付きの実刑判決となり、朝日新聞社を解雇されます。川本先生は、名門の家に生まれ、最高峰の大学を出て順風満帆、良い事だらけの人生だったと思うんです。ところが急転直下、留置所に入れられ、前科者となり、職を失ってしまいました。恐らく、友人知人親戚も、潮が引く様に居なくなった事でしょう。絶望に次ぐ絶望だったと思います。でもね、人間万事塞翁が馬、其の過酷な人生経験が、川本先生を大飛躍させたんですね。先生は評論家として、多くの文学賞を受賞していますけれど、手掛けるジャンルは、本当に幅広いんですね。トルーマン・カポーティに代表される、アメリカ近代文学やSFの翻訳。都市論。作家論。鉄道旅行のエッセイ。映画論。対談。多くの雑誌の創刊。僕、数えた訳ではありませんけれど、先生の著作って、恐らく100冊近いと思います。

艱難汝を玉にす、矢張り、苦労した事をしっかり受け止め、毅然と立ち向かった事が、川本先生を評論界の大立者にしたんだなァと、僕、隅田川の川面を眺めながら、暫し感慨に浸っていました。謂えね、僕は川本先生程ではありませんけれど、其れなりに苦労をしまして、其の時は大変でしたけれど、決して節を曲げずに頑張りました。其れが今、ほんのちょっぴりですが、幸せな由縁かもしれませんね…。

何だか今日の拙ブログは、パーソナルかつセンチメントな文章となりまして、誠に恐縮ですm(__)m。此れから数日、僕、相当忙しくなりそうですけれど、読者の皆様と共に、精一杯頑張る心算です。其れでは明日又お会いしましょう(^.^)/~~~
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