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❀ 人の行く 裏に道あり 花の山 ✾

今日は先ずは告知から。既に当院フェイスブックでもお知らせしていますが、来たる4月22日日曜日、午前9時から午後3時まで、毎年恒例の、第12回カルチャーフェスティバルを開催致します。場所は当院敷地内の特設広場です。敬称は略しますが、ゲストとしまして、滝尾中学校吹奏楽部・大分大学パフォーマンスサークル「OTIA」・小池原こども神楽・大分県立看護科学大学「BOSTON PARK」・「PIN-CHORD」のアカペラ・大分大学「獲天」、「滝尾翔舞隊~鼓和」のよさこい、TIMES DANCE STADIOの皆様であります。司会者は、TVやラジオで大活躍されている、中華首藤様。ボランティアとして、大分東明高校看護学科の皆様。ちびっこ達の為に、ステージの最後にお菓子まきがあり、輪投げ・ヨーヨー釣り・つまみ細工体験・スタンプラリー、綿菓子のプレゼントもあるよ~♪又、体力や血圧や脈拍測定、そして病院見学会として、病棟の1部を開放致します。どうぞご覧下さいませ。患者様の作品展示、タッセル造り体験、NPO法人築輪様のお菓子販売、就労支援事業所「サマンの木」様の革細工販売、模擬店として、カレー・焼きそば・フライドポテト・ソフトクリーム・ジュース・手芸品販売と用意しています。中々盛り沢山のラインアップでして、ありがたい事に年々歳々、お客様は増える一方、読者の皆様、もしお時間が合えば、是非お越し下さいませ。スタッフ一同、心からお待ちしています。もし僕の姿を見かけたら、どうぞお気軽に声を掛けて下さいね~。

さて、皆様、週末は如何お過ごしでしたか!?僕、墓参に宇佐まで行って来ました。謂えね、其の墓が竹林の中にあるものですから、墓参って精々半年に1度でしょう。ですから、行く度に竹を踏み割り切り倒し、殆ど肉体労働でありまして、いや~、昨日は、無事に大分に帰り着き、後片付けをして風呂に入り、ハイボールを呑んだら、後は泥の様に寝てしまいました。ストレッチをするのをついつい忘れてしまい、今日も筋肉痛、全身が痛いです、トホホ…。其れでも往復の道中、見わたせば 春日の野辺に 霞たち 咲きにほえるは 桜花かも、車窓から散見される、山桜を愛でる事が出来ました。僕、何れは散ってしまう桜を見ながら、何だか遣る瀬無く切なくなったんですが、此の国の来し方行く末を思うと、心配になったんですよ…。と謂いますのも、道中、東洋経済誌を読んでましたら、フランス最大の一流紙、フィガロ紙の、レジス・アルノー東京特派員の記事が出ていたんですね。見出しだけご紹介しますと、「日本の国会は老人ホームさながら」「今の政府が森友問題を乗り切る事が出来たら、もう日本の民主主義は終わり」「外国人から見て、日本の民主主義は絶滅寸前」、此処まで辛辣に書かれていたんですよ。TVを見ていましても、ヒステリックに声高に、アベ総理を擁護する人も多い訳で、でも、其れを外国人の冷静な目で見ると、上記な感想な訳でしょ!?

大丈夫かなァ、大分弁で謂う処の、「すもつくれん」、どうしようも無い状態と感じてなりません。もう、此処まで来たら、東京五輪まで自民党にやるだけやらせて、ありとあらゆる醜態を晒させてから、政権交代の方が良いのかもしれません…。どうもね、日本史を見ていますと、此の国は一度、すっかり駄目にならないと、皆のお尻に火が付かない気がするんですよ…。其の代わり、其のどん底から這い上がる底力って、凄まじい物がありますでしょ。だって、第二次世界大戦の大敗北の際、国内外の資産は全てパー、日本中を焼野原にされ、何百万人もの死者が出たのに、世界第2位の経済大国まで持ち直したんですよ。

閑話休題、災い転じて福と為すと申します。此れ、日本じゃないんですが、17世紀のスコットランドの商人が、誤ってビターオレンジを大量に買い付けてしまったと。此のビターオレンジ、日本で謂う処のダイダイでして、酸味と苦味が強く、漢方薬に使われる位で、食用には適さないんですね。困り果てた商人は、「もう破産だ…」と大酒を喰らって寝てしまったと。其処の娘さんが、其のビター・オレンジを砂糖漬けにして瓶詰にして売り出したと。此れが大ヒットしまして、今も尚残る、僕も大好物であります、キーラー社のマーマレードとなった訳です。ですからね、どんな危機に陥ろうとも、希望を棄てず必死に頑張れば、僕、何とかなると思うんですよ。特に、僕達日本人は、敗戦後見事に立ち直ったポテンシャルを、全世界から評価されているんですよ。自民党と官僚と謂う膿さえ出し切ってしまえば、必ずや此の国は再建出来る、僕、そう信じて止みません。

戦国期の土佐の国、現在の高知県には、長宗我部氏と謂う戦国大名が居ました。四国全土を統一する勢いでしたが、天下分け目の関ヶ原の戦の際、敗者の側に付いてしまい、領地の全てを没収されます。高知県は、山内氏と謂う大名が治める事になるんですね。かっての王である長宗我部家の子孫は、4年間牢屋に入れられ、島と名前を代え、山内家の城の門番として、仕える事と相成ります。何とまァ、凄まじい皮肉ですよね。かっての自分の城の門番ですもの…。よくも此の恥辱に耐え抜いたと思いますけれど、300年近い月日が流れ、明治維新が成り、かっての大名は全て無くなります。そしてとうとう、島の姓から長宗我部姓に戻し、かっての名家が復活、天皇から位を受けるんですね。凡そ3世紀弱、よくぞ耐え抜いてお家を復興したと、此の精神力には頭が下がります。

「宮本武蔵」「三国志」「新・平家物語」等々、書く作品の殆どがベストセラーとなった国民的作家、吉川英治先生も、大変なご苦労をされた、立志伝中の人物でありましょう。吉川先生は侍の家系に生まれた横浜の産、父君は官僚を経て大牧場を経営していました。順風満帆に思えたのですけれど、父君は事業に大失敗、刑務所に収監されるんですね。吉川先生は、貧困の果てに小学校を中退してしまいます。年齢を偽り、工員や職人として働くのですけれど、横浜港で荷物を運んでいる際、転倒して大怪我を追います。其処で先生は一念発起、身体を痛めた事もあり、文筆業として人の数倍の努力を重ね、国民的作家となるんですね。

ファクシミリやコピー機にデジタルカメラのトップ・メーカー、リコーの創始者である、市村清さんも又、大変なご苦労をされました。佐賀の侍の家に生まれるも、幼くして養子に出されます。名門中学校に入るも、学費が続かず中退、野菜の行商をしながら夜学に通い、大学卒の資格を取り、銀行に就職するんですが、其処は倒産してしまいます。そして、生命保険会社に再就職、トップ・セールスマンとなり、満州や朝鮮全域の総支店長にまで出世します。ところが戦争が勃発、日本は大敗、市村さんは全てを喪うんですが、決して諦めず、リコーを創立、大成功を収めるんですね。

矢張り人間、或る程度辛酸を舐めた方が、器が大きくなり、人間性に深みが増す気がします。此れ、上記のお三方に較べ、自民党の面々じゃあ、何の苦労も知らないお坊ちゃんばかり、こりゃどうしようもありませんぜ。

さて、今週は僕、年度末と謂う事もあり、中々忙しくなりそうです。おっと、そりゃ読者の皆様方も同じですよね。年度末のラスト・スパート、お互いに頑張りましょう!
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