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gentlemen prefer blondes

大船や 帆網にからむ 冬の月、いやまァしかし、今朝は寒かったですねえ。此処南国九州でも、大分と宮崎と沖縄以外は全て雪マークでして、僕、今朝の愛犬の甲斐犬のコロちゃんとの散歩の際、手足の先の感覚が無くなりまして、往生しました。皆様、風邪やインフルエンザには、充分お気を付け下さいませm(__)m。

さて、新聞各紙を見てましたら、景気も悪いのかなァ、泥棒のニュースが目立ちまして、パリのリッツ・ホテルでは、6億円相当の貴金属が盗まれた由、大阪でも、将棋の高級駒が盗難に遭い、此方の被害額は5000万に達するとか。此の将棋駒、只の木でしょと馬鹿にする事勿れ、赤柾や虎斑、古水無瀬や菱湖と謂ったクラスになりますと、1組100万以上するのなんてザラですもんね。僕、東京の将棋会館のショーケースで、其れらを見た事がありますけれど、流石に風格がありました。でね、其の泥棒の元祖と申しますか、カリブの伝説の海賊、「黒ひげ」の沈船が引き揚げられました。此の黒ひげ、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のモデルですけれど、海底の沈船の遺物からは、海洋冒険小説が出て来たそうでして、海賊達がそんな本を読むとは、何とも不思議な気がしました。でね、パーソナルな話になるんですが、僕の亡父は大変な趣味人でして、750ccのバイクに乗ったり、組み立て式自動車を購入したり、ラジコン飛行機を操作し、沢山の犬を飼い、囲碁に麻雀に将棋に花札と何でもござれ、とりわけご婦人方が大好きでしたが、其れはさておき、彼の趣味の1つに、ヨットがあったんですね。亡父は大学時代にヨット部だったんですよ。帆船模型も造ってましたが、ディンギーと謂う2人乗りの小さなヨットを購入、僕も何度か乗せて貰いました。別府湾を何度かセーリングしたんですが、岸壁にくっ付いた貝を剥がして、海水で洗って其のまま食べたり、釣れた小魚を其のまま刺身にしたり、ありゃあ旨かったなァ…。又、僕の親友のS君の父君がタンカーの船長だったりして、其の所為もあったのでしょう、生家には、船舶に関する、かなりの蔵書がありました。門前の小僧習わぬ経を読む、でありまして、僕、自然と船に興味を持ったのですけれど、操縦と謂うよりも些事の方に惹かれたんですよね。と謂う訳で、今日は船に関するお話を。

香港の 春暁の船 皆動く、古い古い昔、卑弥呼の時代の魏志倭人伝に記録が残っているのですけれど、当時の航海の際には必ず、持衰--じさい、と読みます--と謂う役割の人物を乗船させました。此の持衰、航海の間ずうっと、髪も梳らず、入浴も不可、女性に接する事も駄目ですし、肉も食べてはいけません。体中にシラミが湧いても取ってはならず、身体中垢だらけなんですね。航海中の厄は、此の持衰さんが一切を引き受けると謂う按配なんですよ。無事に航海が終れば、持衰さんは多大な報酬を受け取れるんですが、もし台風や時化にあった時は、生贄として海に放り込まれると謂う、過酷な役割でした。凄い発想ですよねえ…。此れが進化して、中世の時代には船首にある像となります。ほら、帆船の先っちょに、女神像とか、騎士とか、妖精とかが付いてますでしょ。此れ、航海中の魔除けであります。そして今、日本の船の多くには、目立たない処に神社があるんですよ。大抵、壁にくっ付いた小さな物なんですが、此れ、艦内神社と謂います。

灯台は 光の館 桜の夜、趣深いのが、船内での食事でして、先にご紹介した、今から300年前の海賊達、彼らが口にしていた物は、本当に酷かったんですね。大量の塩に漬けた、カチカチに硬い肉。此れまたガチガチに固めた乾パン。其れに生温いビール。極々少量のバターやチーズ。此れだけでして、寄港した際には野菜や果物も入手出来たでしょうが、其れも束の間、何せ冷蔵庫が無いですもんね。壊血病になるのも当たり前でして、数か月の航海後、漸く陸地に着いた時には、船乗り達は倒れる寸前だったとか。でもね、必要は発明の母、そういうシリアスな航海を続けるうち、レモンやライムを積んで、壊血病を防ぐ様になるんですから、当時はビタミンなんて概念が無いのに、人間の叡智には計り知れない物がありますよね。中でも重宝されたのが、ステーキの付け合せにぴったりのクレソンでして、僕も大好物ですけれど、此れ、寒さに強く、ビタミンやカリウムが豊富、そして水耕栽培が可能で繁殖力も旺盛ですから、船上の栄養補給にはバッチリでありましょう。

如何にもシステマチックと感じますのが、ドイツ海軍でして、第二次世界大戦中、彼らが操る潜水艦Uボートは、連合国の商船を大量に沈めました。当時の潜水艦って、まだまだ原始的な仕組みでして、1日に1度は浮上して、バッテリーを充電しなくては動かせなかったんです。其れも真っ昼間に潜水艦がプカプカ浮いていては、敵の格好の餌食でしょ。深夜に浮上するしか無く、乗組員は日光を浴びる事など皆無、野菜不足果物不足、口にする物はワン・パターンの缶詰ばかりでした。どうやら、航海中の3か月間、朝昼晩に、福神漬けの缶詰が出たそうで、そりゃ嫌になりますぜ。日本の潜水艦の乗員は、上陸時には半死半生だったそうで、別府の温泉で一カ月静養させ、温泉に入って美味しい物を食べさせなければ、次の作戦に参加出来ない程だったとか。でもね、ドイツの潜水艦の乗組員は、上陸しても平気でテニスをしていたりして、滅茶苦茶元気なんですって。此れ、ドイツ海軍のドクターや栄養士さんが、栄養素のデータを取って研究、今で謂うサプリやビタミン剤や栄養ドリンクを開発したそうでした。そして、航海1週間後に食べる物は此れ、2週間後には此の瓶詰を食べろと、全てシステマチックに栄養補給をさせていたとか。

でもね、日本海軍が出来たのが江戸の終わり頃でして、初めてアメリカに渡った咸臨丸では、お侍さん達が甲板で、七輪を出して鰯を焼いてご飯を炊き、お味噌汁を造っていました。其れから僅か数十年、日本の急速な近代化と同様、日本海軍の食事も一気にリファイン、洗練されます。だってね、連合艦隊司令部ともなりますと、明治の終わりや大正の初めにはもう、ランチはフレンチのフルコースですもんね。連合艦隊司令長官が、フォークとナイフを手にしたと同時に、軍楽隊がモーツァルトを奏でると謂った塩梅でした。オードブルとスープに始まり、ソルベとフロマージュとデザートで終わる、将に正餐なんですね。うう~ん、お呼ばれして食べてみたい…。でも、此れがいざ合戦の際には、司令長官以下、全員揃ってお握りと沢庵でして、矢張り日本人は米ですよね。話は変わるんですが、彼の田中角栄も、選挙中のお昼ご飯はずうっと、具が沢山入った大きなお握り2つと、魔法瓶に入れた熱々の番茶だったそうでした。選挙も形を変えた戦でありまして、角栄先生は、車で移動中、其のお握りをあっと謂う間に平らげ、寸暇を惜しんで選挙民と会って政策を訴えたとか。僕、情けなかったのは、以前の選挙で、野党民主党の或る候補者が、少数の支援者と共に優雅に、イタリアンのランチ会とかやってまして、案の定、見事に落選でありました。そんな甘い考えで、熾烈な選挙戦を勝てる筈がありませんぜ。ホント、アベ政権の愚行を止める為にも、野党の皆さん、死に物狂いで頑張って下さいm(__)m。最後は少々、話がズレましたけれど、今日の拙ブログの船上の食事、如何でしたか!?腹が減っては戦が出来ぬ、今日は僕、大きな仕事がありますから、お昼はお握りでも食べて、精一杯頑張ります。

其れでは皆様、週末も大寒波の様ですが、素敵なウィーク・エンドをお過ごし下さいませ。僕、映画に行きたいんですが、外に出るだけで決心が必要な寒さですもんね、お部屋で大人しくしようかなァ…。では、来週月曜日に又お会いしましょう(^.^)/~~~。
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