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♪ 不滅の男 ♪

雪になる 小降りの雨や 暮れの鐘、しかし毎日寒いですねえ。全身が強張っている所為か、どうも僕、腰が痛みますし肩が凝りまして閉口しています。僕のオフィスは、エアコンを入れてはいるんですが、底冷えがしまして、ずうっと座ってますと足が冷えまして、ふくらはぎから下が、感覚が無くなるんですよね。ホント、対策を練らないと、身体を壊しそうです。とりあえず、レッグ・ウォーマーでも買おうかしらん。でも、来客が多いから、其の恰好も可笑しいですよね。読者諸賢の皆様、足の冷え対策で、何か良い方法がありましたら、是非ご教授下さいませ。

さて、此の時分になりますと、野球ファンには寂しい季節でありましょう。でもね、シーズン・オフは、ストーブ・リーグと申しまして、ファン達は暖炉を囲んで語り合い、来季に思いを馳せると謂う訳なんです。さて、今年のストーブ・リーグ最大の話題は、何と謂っても、日本ハムの二刀流、大谷選手の大リーグ入りでしょう。僕、彼の活躍を信じて疑いません。環境は激変しますが、彼程のポテンシャルがあれば、大成功間違い無しです。其れはさておき、国内のプロ野球ではFA、フリーエージェントが注目を集めていますが、我が愛する阪神からは、ベテラン内野手の大和選手が横浜に移籍しました。でね、此のFA、10年位同じチームでプレーしたら、希望する球団に行って良いよ、と謂うシステムなんですが、選手を取られる方は堪りませんよね。取られた側は、誰か選手を1人、取り返す事が出来るんですね。此れを人的補償と謂います。でもね、此れも悲喜交々でして、かって、広島からFAをし、巨人に移った大竹と謂う投手が居ました。広島は人的補償として、巨人から一岡投手を獲得したんですね。あれから4年ですか、大竹投手の今年の成績は13試合に投げて4勝4敗、夏場からは2軍に落ちたままでした。もう34歳ですし、もし来期駄目ならば、現役引退もあり得ます。対する一岡投手は、今年は59試合に登板、6勝2敗1セーブ19ホールドと、広島の連覇に貢献、給料は巨人時代の凡そ6倍になったそうで、来季は27歳で全盛期を迎え、此の世の春を謳歌しています。乞われて行った選手が駄目になり、補償で取られた選手がハッピーになる、人間万事塞翁が馬でありましょう。

僕、男性の真価とは、逆境の時にこそ表れる、そう思います。日頃、大口を叩いたり強がっていても、いざピンチになったら周章狼狽、慌てふためき何も出来ないのでは、そりゃあ男を下げるってもんですよね。先の一岡投手も、大分の藤蔭高校時代は肘を大怪我、当番機会が無く、大学や社会人から全く声が掛からず、専門学校で腕を磨いてのプロ入りでしたから、其の臥薪嘗胆の時期に、男を磨いたのでしょう。

僕のこよなく愛するボクシングの世界なんですが、大好きなボクサーって沢山居るんですよ。今日ご紹介したいのは、元WBC世界フライ級世界チャンピオン、レパード玉熊選手でして、とてもクレバーな優れたボクサーでしたが、眼疾もあり全盛期が短く、左程注目を集めなかったのは残念でなりません。さて、玉熊選手は逆境の連続でした。所属したジムは弱小でして、日本タイトルを取るまで20戦も掛かりました。現在の日本ボクシング界のトップ・スター、井上選手が6戦目で世界戦ですから、ジムの政治力の差がお分かりかと思います。さて、玉熊選手は青森の産、雪深い津軽を後にし上京、法政大学に入学しボクシング部で頭角を現すんですが、同級生の不祥事により廃部となるんですね。已む無くプロ入りするんですが、彼は所謂グラス・ジョー、ガラスの顎の持ち主でして、打たれ弱さがあったものですから、世界挑戦までに3度、苦杯を喫しています。其処で、弱い顎を保護する為、顔面は鉄壁のガードで守ります。するとボディががら空きなんですが、腹筋を滅茶苦茶に強化したんですね。そして、彼は背が高く手足が長いんです。此の手のタイプのボクサーに距離を取られるとどうしようもありませんから、相手は接近戦を挑みます。其処で玉熊選手、ショートレンジのパンチを、鍛えに鍛え上げたんですね。実に緻密で頭脳的なボクシングでして、其れでも弱小ジムの悲哀、待ちに待った世界タイトルを獲得したのは、31戦目での事でした。長い長い待ち時間に耐えに耐えた精神力と鋼の身体、将にハート・オブ・ゴールド、ボディ・オブ・スティールでありましょう。現役引退後も、世界チャンピオンと日本チャンピオンを2人づつ育て上げた、名伯楽でもあります。

SFの短編小説の第一人者、星新一さんも、どん底から立ち上がった偉大な男です。星さんは、森鴎外の血筋を引く名門一族のご出身、そして一部上場企業だった星製薬の御曹司として生まれ、何不自由無く育ち、東大の大学院まで進んだ恵まれた人生でした。ところが25歳の時、運命は急転します。父君がアメリカで急逝、会社を継ぐのですけれど、星製薬は既に左前、大変な借金を背負っていました。25歳の星さんは孤軍奮闘するんですが、つい此の前まで学生さんだった訳で、世間知も無く、敢え無く倒産となります。其の後処理には6年も掛かったそうですが、365日連日連夜、借金取りが押しかけて来たそうで、其の隙を付いて金策に走り廻り、凄まじい日々だったとか。星さんの唯一の救いは、空想の世界に逃げる事だったそうで、成程其れなら、銀行も追い掛けて来ませんものね。其の夢想癖が良かったのでしょう。多くのアイディアが熟成され発酵し、そして大ブレイク、1000を超す短編を書き、日本SF小説界の大立者となりました。

戦国期に、山中鹿之助と謂う武将が居ました。此の鹿之助さん、山陰の大大名、尼子氏の重臣だったんですね。其の尼子氏、難攻不落と謂われた月山富田城に依り、全盛期は、鳥取・島根・岡山・広島・兵庫までを支配する程でして、京に上り、天下を狙う事も考えていたとか。順風満帆かに見えたのですけれど好事魔多し、毛利家の台頭や家臣の裏切り、外交の失敗や重臣との諍い等々、悪い事が重なり、名門尼子家は滅亡します。此処から、鹿之助さんの孤軍奮闘が始まりまして、主家である尼子氏再建の為の戦いが始まるんですね。時には織田信長に援兵を頼み、仇敵だった山名氏の力を借りたり、或いは海賊と連合し、大分の大友宗麟と結び、ありとあらゆる手を尽くします。其の死闘は凡そ10年続いたのですけれど、中国地方における毛利家の力は余りに強大でして、鹿之助さんは苦戦の連続、そして武運拙く戦死しました。鹿之助さんの遺児である長男は、武士の地位も山中の姓も捨て、大阪の伊丹の地で、酒造業に転進するんですね。此れが大当たりしまして、大阪から江戸まで大量にお酒を運ぶ必要が生じ、海運業も始めます。物事はとんとん拍子に運びまして、お酒以外の物も運ぶ様になるんですね。何だかわらしべ長者のお話の様ですが、酒造と海運で儲けたお金で、明治期には銀行業に転進します。此れが彼の有名な鴻池財閥でありまして、設立当時は三和銀行、現在は東京三菱UFJ銀行となりました。今や世界経済を動かす程のメガバンクとなり、見事なまでの敗者復活でありまして、僕、こういう不屈の男達って、心から尊敬するんですよ。

僕、当院にお世話になるまでは、上記の皆さん程ではありませんけれど、其れなりに苦労の連続でした。嫌になった事は数知れずでしたが、「苦労は必ず報われる」と信じ、日々誠実に努力し、辛抱我慢して諦めなかったのが良かったんですね~。先日亡くなられたロック歌手、遠藤賢司さんの名曲「不滅の男」の歌詞、其のままでありました。♪今まで何度 倒れただろうか でも俺はこうして立ち上がる そうさやる時はやるだけだ 俺は負けないぜ そう男♪そして今、当院は本当に人材が集まる様になりまして、嬉しい限りであります。とは謂え、少しでも増長しては其処で終わりです。此れからも謙虚に真摯に、研鑽と精進を重ねる所存です。読者の皆様、今後ともご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い致しますm(__)m。
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