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鎌倉文庫 

今日は先ずはお礼から。昨日の時点で、拙ブログの総拍手数が55万を突破していました。時には罵詈雑言を吐き、心行く迄我儘に、自由に好き勝手に綴って早6年、こんなに多くの皆様にお読み頂けるとは望外の幸せです。何時もご贔屓頂き、本当にありがとうございますm(__)m。心から感謝しています。もう1度、本当にありがとうございました。不束者の僕ですが、精一杯精進して参りますので、今後とも当院並びに拙ブログをご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い致します。

寝ていても 団扇の動く 親心、と謂う古川柳がありますけれど、僕、今朝、経済誌の東洋経済オンラインの記事を読んでいまして、結構考えさせられました。『「子の将来は親の育て方次第」という大誤解』と謂う記事なんですね。ジュディス・リッチ・ハリスさんと謂う、ハーバード大を出た才媛が書いたものでした。ほら、従来ですと、親が子供に如何に関わるかって、とても大事、と謂うのが定説ですよね。「寝る前に本を読み聞かせると子供は勉強好きになる」「体罰は宜しくない」「愛情をこめて抱き締めると優しい性格になる」等々、謂われてみればそんなものかと感じますよね。でもね、此のハリスさんの説は其れとは全く違うんです。氏より育ちと申しますか、ハリスさん、実例を挙げて検証されているんですね。アメリカはボストンに、幼児から英才教育を受けた神童が居たと。何と飛び級で11才でハーバード大に入学、講演まで行い、其れは数学教授を驚かせる程のレベルだったそうです。ところが、大学院中退の時点で、彼の人生は暗転してしまうんですね。社会に出てもまともな職に就けず、本を出しても売れず、最後はホームレス状態で孤独に亡くなったとか。どうやら、コミュニケーション不全と申しますか、大人になれば、他者との関わり合いって、とっても大事ですよね。でも彼は、人間と関係を築く事を知らないまま、知能だけが発達してしまい、社会に適合出来なかったと謂う事でありましょう。そしてもう1人は、ニューヨークで最も危険とされるスラム、サウスブロンクスで育ち、高校は中退、仲間達の殆どは麻薬の密売で殺されたと謂う、凄惨な環境で育ちました。ところが、子供達を救う為に、スラムから別の地区に移すプログラムが始まっており、彼は其れで、ニューヨークから遠く離れた、メキシコに隣接する大自然の街に移住、優しい白人の里親と共に暮らします。すると、吃驚する事に、再入学した高校ではバスケットで大活躍、成績は急上昇、そして名門の南カリフォルニア大に入学、アテネ五輪に出場しオリンピアンにまでなってしまった、と謂う訳なんですね。彼女の説では、親の子供への関与なぞ殆ど影響は無く、此の両者の差、其れは「属する集団の違い」だったと謂う訳なんですね。前者の天才数学少年は、如何に優れた頭脳を持っていても、仲間が誰もおらず、社会的経験が全く無いまま世に出たと。後者のスラム育ちの少年は、移転先の環境と、新たな友人達に恵まれたからだ、と謂う事でありました。

閑話休題、其れで思いますのが、今年の高校野球の話題を一身に浴びた、早稲田実業の清宮君、プロか進学か、はたまたアメリカ行きか、10月26日のドラフトを前に、段々と喧しい状態になって来ています。僕、大の野球好き、そして阪神をこよなく愛していますから、清宮君には、是非ともタイガースの4番をお任せしたいと謂う、強い強い気持ちがあります。でもねえ、TVを観ていても、性格も頭脳も良さそうな好漢ですし、僕、既に彼のファンです。其の好漢清宮君の将来、日本球界の未来を考えたら、12球団一育成の下手な、阪神には入るべきじゃないでしょうねえ、本当に残念ですが…。さっきの天才数学少年みたいには、決してなって欲しくありません。となりますと、猛練習の伝統がある広島。打者育成には定評のある西武。若手の抜擢に躊躇しない日ハム。競争が激しく、同世代の選手が大勢揃い凌ぎを削り、夫々が切磋琢磨を繰り返すソフトバンク。僕、此の4球団をお勧めしたいです。或いは大学に行き、キャンパス・ライフを謳歌し、様々な地方から集まる、先輩後輩同級生の学生さんの中で、社会性を身に付けるのも悪くないでしょう。僕、其れは理性では重々分かってはいるんですが、でも、やっぱり、阪神来てくんないかなァ…。

此の社会性と謂いますか、互いが切磋琢磨するのが如何に大事か、其れは日本の文壇史が、如実に証明している様に思えてなりません。今、はっきり謂って僕、此の人の新作は読みたいなァと思える作家って、片手に余る程度です。正直、昔の文士の小説の方が、断然面白いですもん。其の要因の1つに、かっての文壇には、様々な人の繋がり、一種の集団生活があったんですよね。明治末期の白樺派は、志賀直哉や武者小路実篤ら、学習院の同級生達が集まり始めたサークルの様な物ですが、画家の梅原龍三郎に岸田劉生が加わり、声楽家の中島兼子、漆器や竹細工等の民藝運動の推進者である柳宗悦、陶芸家のバーナード・リーチ等々、まるで芸術家の梁山泊となり、夫々が刺激し合い、各々が新たな優れた作品を多数発表したんですね。彼らは千葉の我孫子に皆で住んでいた時期もありましたが、此れに似ているのが、田端文士村です。都内の北部にある田端ですけれど、大正の始め、此の地に芥川龍之介が越して来ます。すると三々五々、文化人が集まりだすんですね。詩人の室生犀星に萩原朔太郎にサトウハチロー。文士の菊池寛、堀辰雄、川口松太郎、そして林芙美子。画壇からは村山槐多、竹久夢二、石井柏亭。彫刻家の石井鶴三。漫画家の田河水泡。歌人の土屋文明。ねっ、中には余り知られてない人も居ますけれど、中々のメンバーでして、皆で飲んで食べて野球をしたりして、深い交流があったとか。

もっと凄いのが馬込文士村でしょうか。此処は東京の郊外ですけれど、錚々たるメンバーが揃っていまして、川端康成を筆頭に、三好達治に尾崎士郎、宇野千代、佐多稲子、吉屋信子、そしてNHKの朝の連続ドラマで有名になった、村岡花子らが居ます。中央線沿線の阿佐ヶ谷も文士村と呼ばれまして、此処は太宰治に井伏鱒二、横光利一に亀井勝一郎、近松秋江に住井すゑ、そして与謝野鉄幹と晶子。此の他にも、西に目を向ければ阪神間モダニズムがあり、奥多摩には落合文士村があり、最も有名なのは、鎌倉文士に浦和画家と謂われていました。鎌倉には作家が、浦和には画家が多く住み、互いに刺激し合っていたんですね。当時は関東大震災があり、都内は復興途中だった事が其の理由の1つでしょう。そして、当時は電話も無く、電車の本数も少ないですから、例えば作家に小説をお願いするにしても、鎌倉でも阿佐ヶ谷でも、其処に行けば一か所で用が足せますから、互いに便利ですもんね。しかし、テクノロジーが当時より格段に進歩したのに、今の作家の方が詰まらないってどういうこっちゃ。矢張り、かっての文士村の様な、濃厚な人間関係が無くなり、摩擦や刺激が無くなったのも、其の一因でしょうねえ。

此れ、文壇だけではありませんで、僕の大好きなエコール・ド・パリ、此れは1920年代のムーブメントですけれど、世界各国の画家がフランスのモンパルナスに集まり、互いに影響し合ったんですね。我が国からは、藤田嗣治。フランスからは、ローランサンにユトリロ。ユダヤの民である、シャガールにスーチン。イタリアからはモジリアーニ、ポーランドからはキスリング、ブルガリアからはパスキン。そしてスペインからはパブロ・ピカソ。まァ、近代美術史の教科書に載っている方達ばかりでして、圧巻ですよね~♡

僕、理想的過ぎるオプチミストと失笑されるかもしれませんが、当院を、かっての文士村の様に、人材が雲霞の如く集まる梁山泊にしたいんです。白樺派なんて、互いの長所を認め合い、討論し刺激し合い、より良い芸術を沢山生み出した訳でしょ。其れを範とすべく、僕、患者様にもスタッフにも、理想的な病院を目指しているのですけれど、もし当院がより良くなったとします。そうすれば、患者様や其のご家族は勿論ハッピーですよね。そして、スタッフや其のご家族もきっと、良い方向に行きますし、幸せになりますよね。其れが広がれば、此の下郡地区が良くなると思うんです。其れがもっと広がれば、大分市が、大分県が、九州が変わります。そして日本其のものが、より良い方向に変わるのではないかと。馬鹿じゃないのと笑わば笑え、我が為す事は我のみぞ知る、でありまして、1度しかない人生ですもんね。文豪の谷崎潤一郎はこう謂いました。「たとえ神に見放されても私は私自身を信じる」。よし、やる気が沸々と湧いて来た気がしますし、今日も精一杯頑張ります!
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