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地下鉄道

鉄路にては遠くにあらぬ旅ならば、用意とてもなし。此れ、森鴎外の「舞姫」の一節ですけれど、僕、鉄道をこよなく愛していまして、大の飛行機嫌いと謂う事もあるのですけれど、出来うる限り、新幹線を利用する様にしています。でもねえ、今はもう無い夜行寝台は勿論の事、かっては新幹線にも食堂車ってあったんですよね~。ちょうど僕が成人した頃かなァ、段々と姿を消して行ったんですが、車窓からの流れ行く景色を愛でながら、冷えたビールをやるなんて、最高の贅沢だったのに、其れが無くなったのは残念でなりません。僕、世界各地の電車に乗りましたけれど、食堂車で印象的だったのは、オーストラリアでした。シドニー~メルボルン間の夜行に乗ったんですが、良く冷えた白ワインとチーズを片手に、天には南十字星、地には野性のカンガルーの姿、夜を徹して景色を眺めていた事を思い出します。尤も、駅弁を食べる楽しみは未だ残されていますもんね。東京駅のチキン弁当にやきはま弁当。横浜なら崎陽軒のシウマイ弁当。静岡の鯛めし。浜松のうなぎめし。神戸のひっぱり蛸めし。広島の牡蠣めしにあなごめし。小倉のかしわめしに雲丹めし。ううん、今朝は相当早くに犬に起こされましたから、こんな事を書いていたらお腹が鳴り出しましたけれど、各地の名物を居ながらにして食べられるなんて、旅の醍醐味ですよね。新幹線に乗ってますと、車内販売で、各地のお菓子を売りに来ます。東京ばな奈に雷おこし、鳩サブレーにうなぎパイ、ういろうにもみじ饅頭、此れも又、見ているだけで楽しいですもんね。日本の豊かな食文化を感じさせてくれます。でね、京都のお土産で、八ッ橋ってありますよね。創業300年を超す老舗であり、日本人なら誰でも知っているお菓子ですけれど、此の八ッ橋、今になって又、売れ行きが伸びているんだとか。

其の牽引車となっているのが、八ッ橋の一人娘の可奈子専務でして、日経に出ていたんですが、大変優秀な方なんですよね。京都大学を出てアメリカのMBAを取得したと謂うんですから、大変な才媛でして、民間企業で務めた後、八ッ橋に入ったと。アメリカン・スタイルの経営手法を取り入れようとするも、古都京都の古くからの慣習と合う筈が無く、当初は失敗の連続だったそうです。ところが、社員や上役との徹底した対話の末、 nikiniki と謂う若者対象のお菓子の新ブランドを立ち上げ、新たな八ッ橋の味を沢山売り出し、其れが大成功したんだとか。上手だなァと感心しましたのは、八ッ橋ってお土産のイメージが強過ぎ、地元の人や若者は見向きもしなかったんですって。ところが、若者向けの新ブランドを立ち上げた事により、八ッ橋が再度脚光を浴び、売り上げが急上昇した由でして、は~、才色兼備の素敵な女性ですよねえ。

男性は萎れ草臥れるばかり、此れからは女性の時代と痛感します。謂えね、僕、暇な時はついつい、ハイボール片手にYOUTUBEを観ちゃうんですが、どんな映像も無料で瞬時に観られる訳で、本当に良い時代になりました。僕の趣味のドイツ戦車に日本の軍艦、野球にラグビーに将棋に落語、ロックにワールドミュージックに漫才に映画にドラマ、何でも観るのですけれど、最近、ムード歌謡と謂いますか、昭和の歌謡曲にはまっていまして、昨日も中条きよしの「うそ」を聴いていました。でね、ハハァと思いますのが、かっての歌詞って、耐え忍ぶ女性と申しますか、そういう内容が多いですもんね。例えばなかにし礼先生作詞、奥村チヨが唄う「恋の奴隷」、此れなんて、♪あなたと遭ったその日から 恋の奴隷になりました あなたの膝にからみつく 子犬のように だからいつもそばに置いてね 邪魔しないから 悪い時はどうぞぶってね あなた好みの あなた好みの 女になりたい♪、うん、平成の今、こんな女性なんて何処にも居ないでしょう。そうそう、今朝の新聞にこんな記事が出ていました。浮気相手とドライブ中の奥さんを見かけた旦那さん、何と助手席にしがみついたそうですが、其のまま猛スピードで330㍍走られ、振り落され、轢き殺されかけたとか…。悪い時はどうぞぶってね、なんてとんでもない、男性がぶん殴られそうですよねえ、くわばらくわばら…。先の「恋の奴隷」は1969年、昭和40年代のヒット・ソングでして、其れから30年、1999年の平成になりますと、宇多田ヒカルが颯爽とデビューします。彼女の 「movin' on without you」 の歌詞は、♪構うのが面倒なら はやく教えて 私だってそんなに暇じゃないんだから ~中略~ 静かすぎる夜は考えが暴れ出すの 分かってるのに結局寝不足 あんな約束もう忘れたよ 指輪も返すから私のこころ返して 悔しいから私から別れてあげる いいオンナ演じるのも楽じゃないよね♪、うう~ん僅か30年で此の変化、此れでは男女が逆転したかの様でありましょう。

でもねえ、此れ、海外でも同様でして、僕のこよなく愛するブラック・ミュージックの女性ボーカルにしても、60年代の歌姫、エタ・ジェイムスの名曲、「 all I could do was cry」 なんて、僕の下手な意訳で恐縮ですけれど、最愛の彼氏が自分の友人と結婚、教会の鐘が鳴り聖歌隊が唄いライス・シャワーの中、私はひたすら泣く事しか出来なかった、と謂う歌ですもんね。其れから40年、去年全世界でヒットしたビヨンセの曲なんて、まるで違いますもん。かって其のプロモ・ビデオを観ましたけれど、再三再四繰り返される旦那の浮気を知ったビヨンセ、街中の車を、バットを振り回して破壊してますもんね~。しかも其の曲のタイトルは、「 Hold up 」、ですから「手を挙げろ!」でしょ。しょえ~、強くなり過ぎてませんか…。

閑話休題、ブラック・フェミニズム、と謂う言葉があります。此れ、黒人女性は人種差別に加え、性差別もある、と謂う意味でして、彼女達の歴史って、知れば知る程、涙無しでは語れないんですよ…。かっての奴隷制時代のアメリカにおいて、白人のご主人様が、黒人女性をレイプしても、金を取っても、暴力を振るおうと、殺そうと、何の罪にも問われなかったのは有名な話ですけれど、生まれた子供ですら売り飛ばされた訳で、こんな酷い仕打ち、そうそう出来るものではありません。しかも此の状態、400年も続いた訳で、きっと当時の白人達は、僕達アジア人も含め、有色人種は人間では無いと思っていたのでしょう。2017年の今、そうした負の感情は本当に消えたのか、少々怪しい気もするのですけれど…。

さて、此の状況を打破すべく、一人の黒人女性が敢然と起ち上がります。其の名は、ハリエット・ダブマンさんでありまして、彼女は生まれた時から奴隷の身分でした。5歳から働き始め、暴力にもレイプにも、其の後遺症にも耐え続けたんですね。そして黒人奴隷同士で結婚するんですが、白人の奴隷主から売られそうになります。其処でハリエットさんは、自由を求め、黒人の人権が認められていた、アメリカ北部への脱走を試みるんですね。捕まったら殺されると渋る旦那とは即刻離婚、ハリエットさんは、艱難辛苦と紆余曲折の末、無事北部への脱出に見事成功します。でね、彼女が素晴らしいのは、南部には沢山の黒人奴隷達が残っており、自分だけ安楽な暮らしをする訳にはいかないと、運動を開始するんですよ。「地下鉄道」と謂う暗号名で呼ばれたんですが、黒人奴隷に同情する人達の家を「駅」と呼びまして、誘導する人を「車掌」、かくまってくれる人を「駅長」、逃亡者は「貨物」と謂い、此れで警察の追及を逃れたんですね。凡そ40年の間、数万人の黒人奴隷が自由の身になった訳ですが、先のハリエットさん、此の「地下鉄道」の指導者として、看護師さんとしてコックさんとして、八面六臂の大活躍をしました。彼女自身も、危険な南部に20回も侵入、300人の黒人奴隷を直接助けたそうです。黒人のモーゼ、そう呼ばれた由でして、喜ばしいのは来たる2020年、彼女の肖像画が、アメリカの20$札に使われるとか。己の才覚と知恵と度胸で、自由を勝ち取った訳でして、ハリエットさん、素晴らしい方ですよねえ。其の偉大な彼女と同じ、黒人の血が流れているのがビヨンセでして、彼女の「フォーメーション」って曲、凄いですもんね♪ダンスもカッコ良いんですが、詩が素晴らしいんです。僕の稚拙な意訳で恐縮ですが、♪パパはアラバマ ママはルイジアナ 黒人と白人の混血で出来上がったのが テキサス生まれのこの私 私の娘のアフロヘアが好き 私の黒人丸出しの鼻が好き お金は沢山稼いだけれど 故郷を忘れる事は無い 夢を持ち 一所懸命に働き 成し遂げるまでやる 私を悪く言う人達を振り回してやる さあ女性達 配置につきましょう さあ 女性達 配置につきましょう♪、僕、疲れた時や凹んだ時、此の曲を聴きますと、途端に元気が出ますもんねえ♪

さて、来週早々に僕、大きな仕事が待っていまして、其れが終れば、どうにか一息つけそうではあります。週末は英気を養わなくては。其れでは皆さん、全国的にもお天気に恵まれる様ですし、素敵なウィーク・エンドをお過ごし下さいね(^.^)/~~~。
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