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比叡

いやしかし、昨日の大分は暑かった…。僕、仕事で外に出る用事があったんですが、流汗淋漓とは将に此の事でして、暑気払いと思い、止せば良いのにカレーなんて食べちゃったもんですから、もう大変でした。36℃はあった様ですし、其の上体内はカレーで温めたものですから、暫く汗が止まらず、閉口しきりでありました。其の所為か、寝ぐるしき 窓の細目や 夜の梅、まるで眠れず困りましたねえ。今朝は早めに出勤したのですけれど、オフィスの温度計は32℃を超えていまして、こうなったらやけのやんぱち、エスプレッソの熱~い奴を呑んでやりましたよ、こんちきしょう!

でもね、太陽の強烈な日差しのお蔭で、僕達は生きて行ける訳でして、感謝感謝であります。其の太陽、古くから神様として祀られていたのも分かる気がしますよね。当院の創設者である、僕の曾爺さん、蜷木稔先生も、毎朝太陽を拝んでいたそうですが、不肖の曾孫には、とてもそんな敬虔な習慣はございません。さて、東欧に北欧、中南米にケルト、アフリカにカリブ、オセアニアにインド等々、夫々太陽神が居まして、日本ならば天照大御神、古代エジプトのラー、古代ペルシャのゾロアスター教のミスラ、ギリシャ神話のアポロン、ローマのアポロが有名な処でしょうか。

そうそう、三島由紀夫先生の旅行記で、「アポロの杯」と謂う名作がありました。三島先生が、アメリカ全土に南米に欧州を廻る、世界一周の大旅行を記した物なんですね。特にブラジルとギリシャがお気に召した様で、とりわけリオデジャネイロでは、肉体美を誇る半裸のイケメン男子達に囲まれ、ナイト・クラブで徹夜で踊り明かした由、うう~ん、三島先生、男性が大層お好きですから、さぞかし楽しかった事でしょう♡話を戻しまして、此の太陽神を祀った祭壇で最も有名なのは矢張り、メキシコの古代都市ティオティワカンでしょう。彼の地には、紀元前に造られた太陽と月のピラミッドがあるのですけれど、此の度、新発見があったとか。月のピラミッドの地下に、謎のトンネルが見つかったんですって。どうやら、古代メキシコの民は、地下通路は死への誘いであり、ピラミッドの頂点が太陽の神々への道と考えていた由でした。ですから、地下のトンネルは、死後の世界を再現した物ではないかとの事で、此れから国際的なチームによる、大調査が始まるそうです。随分異なりますけれど、同じく太陽を祀る同様の物が、中国南西部の天山山脈の麓、シルクロードに程近い、人里離れた場所で出土しました。凡そ3000年前の物と謂いますから紀元前でして、此の遺跡は3段の石段から成り、中心部から天を拝んだのだろうとの事でした。

此の祭壇があったのは、カザフタンやモンゴルが近接する、国境地帯の大草原だそうです。此れが造られた紀元前の頃、其の地域は、所謂スキタイ人、遊牧民が支配していたんですね。此のスキタイの民、今ならばウクライナから黒海から中近東、そしてシルクロードに至るまで、かなりの広範囲を行き来していたそうで、恐らくペルシャ系、現代のイランの人達のご先祖様と謂われています。さて、彼らは遊牧民ですから、羊を捌く際にナイフが必要でした。オルドス式短剣、と呼ばれる物で、柄の部分に2つの輪っかがあると謂う、少々風変わりなデザインなんですね。事実は小説より奇なり、僕、本当に吃驚したんですが、紀元前のシルクロード辺りで造られたであろう此の短剣、何と、日本の滋賀県で出土したんですね。2013年に遺跡調査した折に発見されたんですが、実は此の短剣、韓国でも九州でも出土しておらず、どうやら、シルクロードで造られた物が、満州を経由し、ウラジオストックから日本海を超えて滋賀県に来たのでは、と謂われています。紀元前からそんなルートがあったとは、本当に驚きですけれど、僕、滋賀県で出土したのって、何だか非常に興味深いんですね。

滋賀県と謂えば、日本の中心部である京都や大阪に近く、少し北上すれば若狭湾、西に向かえば大阪湾、東に進めば伊勢湾、そして琵琶湖があり、北陸路からは、所謂鯖街道があり、今も昔も東海道が通り、古代から現在に至るまで、物流の大要衝だった事は間違いありません。人の行き来も相当だったでしょう。ですからね、先の短剣が出土したのも、古来から外国と縁の深い九州以外なら、出雲の国があった鳥取県か、滋賀県しか無いとは思っていたんですよ~。さて、此の滋賀県の人物で、如何にも特徴的だなァと思いますのは、南北朝時代の大物武将、佐々木道誉でしょうか。滋賀県を中心に、6つの県を治めた、足利幕府きっての最高実力者、大立者なんですね。しかしながら道誉さん、当時の謂い方では、婆娑羅--ばさらと読みます--と呼ばれまして、身分や権威なぞ関係無い、俺は俺の価値観で生きる、と謂うぶっ飛んだスタイルだったんですね。今から1000年近く前に、其のやり方を貫き通したのって、尊敬します。さて、道誉さん、6つの県を治める実力者ながら、皇室や幕府の権威なぞ鼻で笑う感がありまして、殆どの場合、謂う事を聞かないんですよね。鎌倉幕府を倒すクーデターに参加し、物流の拠点を領地として抑えた大商人の貌があり、山賊や海賊を庇護し、坊主どもの悪行三昧を憎み比叡山を焼き、女性達を集めた大宴会を好み、其れでいて、華道に香道に連歌、笛に能に茶道に長けた、超一流の文化人でもありました。

此れ、矢張り、日本人は勿論の事、中国に韓国、アラビアにマレーシア等々、様々な人が行き来した、滋賀県ならではの風土が産んだ道誉さんと思うのですけれど、皆様如何でしょうか。此れ、決して誇張ではありません。室町時代の初期、道誉さんが権勢を揮っていた当時、若狭湾に漂着したアラビア人の船乗りが京都に住みつき、日本人女性と結婚した記録が残ってますもんね。

先に、滋賀県は交通と物流の大拠点と書きました。そして、教育県としても知られ、一流国公立大学の進学率は、全国で9位なんですよね。さて、近江商人と謂う言葉があります様に、滋賀県にルーツのある大企業って、本当に多いんです。商社の伊藤忠に丸紅。発動機のヤンマー。住友財閥もトヨタも近江商人の流れです。日本生命に武田薬品に東レ。大丸に高島屋に西武。冷凍食品国内最大手のニチレイ。ご婦人方にご縁の深い女性下着のワコール。布団の西川産業。繊維関係の日清紡に東洋紡。何れも日本を代表する大企業でありまして、此れ、僕の仮説なんですが、其の土地の風土や環境って、人の生育に多大な影響があるんじゃないかしら。でなければ、滋賀県において、此れだけの起業家達が輩出される説明が付かないですもんね。さて、此の後は僕、来客に会議に商談が続くんですが、近江商人の心意気で頑張ります!!
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