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☆ 中世の星の下で ☾

今朝の大分は空気が重いと申しますか、猫が子を 咥へて歩く 豪雨かな、もういつ何時降り出すか分からない様な空模様でして、まァ、梅雨ですから仕方がありませんね。もう暫くすると、ちりちりと肌を焼くかの様な日差しになりますから、そうなりますと夏本番、ビールの美味しい季節ですからね、美しき 声の揃ひて 夏座敷、スタッフの皆さんに声を掛けて、ビア・ホールにでもお誘いしようかしらん。

さて、先週末は僕、朋あり遠方より来る亦楽しからずや、十数年ぶりに、仕事でお世話になった方と再会する事が出来ました。Kさんと謂う方なんですが、僕の亡父がかって、大変なご迷惑をかけてしまったんですよね…。僕、正直、大層心苦しかったのですけれど、其れは杞憂に終わりまして、一安心でした。当時のKさんは未だ若手だったのですけれど、今や立派に独立されてまして眩しい限り、どうやら僕も少しはお役に立てた事もあった由でして、いや、本当に良かった~。何だか僕、肩の荷が下りた気がしましたし、Kさんの益々のご発展を祈念しております。今度は僕の親友のMさんも加え、是非又一緒に呑みましょうね~。其れにしてもKさん、酒豪の記憶があったんですが、ちっとも衰えず、かつ健啖家と申しますか、旺盛な食欲でして大変結構でした。飲む程に酔う程に談論風発意気軒昂、昔話に花が咲き、とっても楽しかったのですが、旅行の話題が印象に残りました。Kさん、料理のお仕事をされていますから、イタリアにも何度も行かれた由、シチリアのカンノーリの話を少しだけ聞けまして、羨ましい限りでした。カンノーリとは、チーズやチョコにお酒等々、様々な物を混ぜ合わせたクリームを、パリパリの生地に挟んで頂くお菓子でして、僕のこよなく愛する映画、「ゴッドファーザー」では再三再四登場します。またねえ、滅茶苦茶旨そうなんだ、此れが。其れにしても、本当に楽しい夕べでした、Kさん、本当にありがとうございました。

旅人と 我が名呼ばれん 初時雨、僕、もう直ぐ50歳、天命を知る年になりましたが、人生って旅の様な物、最近つくづくそう思います。月日は百代の過客にして行かう年も又旅人也、そう感じますけれど、旅行1つとっても、世の東西では、全く違うんですよねえ。僕、偶々なんですが、先々週か、「中世を旅するひとびと」 ちくま学芸文庫 阿部謹也著、を読んだんですね。書かれた阿部先生、「ハーメルンの笛吹き男」と謂う名著が有名ですけれど、中世ヨーロッパ研究に関しては本邦一の学者であります。さて、其の本、僕なりに解釈しますと、中世のヨーロッパって、日本ならば江戸の初めの時代ですが、非常にと申しますかかなり、宗教色が濃厚なんですね。へええと吃驚しましたのが、当時の欧州の十字路や橋って、処刑場であり、奴隷の解放の地であり、裁判所なんですって。十字路は十字架に繋がる、と謂うのは僕の勝手な解釈ですが、当たらずとも遠からじと思います。そしてね、橋や道路の建設とは、浄財によって造られたそうなんですが、此れ、「此の世における善行のシンボル」なんですって。どうも、贖罪や懺悔の意味での架橋だった由、其れで欧州の橋の傍には、小さな十字架があるそうです。ううん、パンはキリストの身体であり、ワインはキリストの血、そう謂うぐらいですもんねえ。此れを食べるのが所謂聖餐、最後の晩餐の儀式になるんですが、いやはや何とも、先の橋や十字路もそうですが、食事に関しても、其処まで宗教色を出されてしまうと、僕、息が詰まるなァ…。あとね、ヨーロッパなんて地中海沿岸を除けば寒冷地ですから、旅の途中で、美味しい物なんて無いんですよね。だって、ロンドンもパリもベルリンもローマも、緯度を見れば北海道より上ですもん。特に中世の頃なんて、瓶詰や壺詰の、酢や塩気の利いた保存食、ザワークラウトにピクルス、ベーコンや乾燥野菜、そして萎びたパンが関の山ですよ。

此れ、翻って本邦ではどうかと考えれば、まァ豊かなもんです。「東海道中膝栗毛」を一読すれば直ぐに分かりますけれど、旅の起点の品川では先ずは深川飯に海苔、此れは浅蜊の炊き込みご飯でして、僕、大好物です。箱根や小田原では鯵の干物。浜松では鰻。以下は順不同で、安倍川餅に柏餅、煎餅に田楽、蕎麦、納豆、とろろ汁、蛤に白魚、酒に泥鰌、蜆に饅頭、瓜に心太と、弥次さん喜多さんは道中、とんでもないグルマンぶりを発揮します。まァ、オイル・サーディンと、獲れたてのピカピカの鰯の刺身の差がありまして、どちらが美味しいかは言わずもがなでありましょう。でね、あまり取り上げられないんですが、此の弥次さん喜多さん、実はバイセクシャルなんですが、殆どゲイ・カップルの設定でして、彼らは道中、先の旨い物を鱈腹食べ、無責任でお調子者で極楽トンボ、悪ふざけに洒落に冗談ばかりで全ての権威を笑い飛ばすと謂った塩梅でして、此れってアナーキーですし、殆どパンク・ロックですもんね。ゲイのロード・ムービーと謂った趣がありまして、「真夜中のカウボーイ」と謂う名画がありますけれど、1970年代に一世を風靡した、アメリカン・ニューシネマを200年前にやっていた感があります。

さて、此の破天荒かつ永遠のベストセラーを書いたのは十返舎一九先生でありまして、本邦初のプロ作家、即ち原稿料のみで生活した人であります。一九先生は元々はお侍の出なんですね。静岡の町奉行の子として生まれ、江戸で勉学に励んでいたのですけれど、二十歳になる前に大阪へと転居、余程遊ぶのが楽しかったんでしょう、其のままお侍を辞めてしまうんです。そして、落語に歌舞伎に浄瑠璃、能に茶道に狂言、川柳に狂歌に香道、勿論料亭での美食あり、そして芸者衆とのお付き合い等々、浪花の地で遊びまくるんです。其れを10年続けた由でした。一九先生、とんだ道楽者なのですけれど、どうも男前で愛嬌があり、気さくな性格だった由、侍の出ですから立ち居振る舞いは凛々しく、大層モテたとか。どうやら女性達の家々を転々、ヒモの様な生活を送っていた様です。さてさて、道楽をし尽くした所為もあるのでしょう、大阪に居られなくなり、30歳にして江戸に舞い戻ります。10年間の道楽三昧でネタには困らなかったでしょうし、文才も画才もあり、ヒットを連発、そして「東海道中膝栗毛」で、本邦初の大ベストセラー作家となるんですね。

でね、中世の江戸期の日本には、先の「東海道中膝栗毛」「南総里見八犬伝」「椿説弓張月」「浮世風呂」「春色梅児誉美」等々、ベストセラーが頻発しているんです。此れ、日本だけの現象でして、より文化が進んでいると考えられていた当時の欧州では、そんな現象が起きていないんですよ。僕、不思議でならなかったんですが、此の間、やっと其の理由が分かりました。答は簡単、当時の欧州は、8割以上の人が文盲、つまり字が読めなかったんですね。中世の欧州は王政ですから、庶民に教育をするとクーデターを起こされるから字を教えなかったんじゃないか、此れは僕の推測です。日本は真逆でありまして、9割以上の人が字を読めました。寺子屋の存在が如何に大きかったかが分かりますよね。

宗教的戒律でがんじがらめ、土地は貧しく、文盲ばかりの中世の欧州。宗教には無頓着で自由、土地は豊かで皆が字を読める江戸期の日本。どちらを選ぶかは一目瞭然ですよね~♪僕、欧州が全世界に植民地を造ったのは、其の理由もあるかと思うんです。だって、宗教には矢鱈と五月蠅く、貧乏な土地に住むのは、字が読めない人ばかりならば、いっその事、新天地を求めようと考えても不思議じゃないですよねえ。さて、今日は拙いながら、僕の中世比較文化論、と謂った塩梅でしたが、如何でしたか!?其れでは皆様、今週も拙ブログをご贔屓の程、何卒宜しくお願い申し上げますm(__)m。
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