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♡ ペネロピ ♡

大相撲夏場所も始まりまして、稀勢の里関の怪我の具合が心配ですけれど、好角家の皆さんは疾うにご存じでしょうが、最近、小兵力士が目立ちませんか!?宇良関、石浦関、里山関、照強関、皆さん幕内で頑張ってますけれど、揃って170㌢120㌔程度でありまして、例えば逸ノ城関なんて、193㌢213㌔でしょ。先の小兵力士とは、身長で20㌔体重で100㌔の差がある訳で、巨漢力士との取り組みが、盛り上がらない筈がありません。何はともあれ、皆さん怪我だけには気を付けて、15日間の長丁場、頑張って欲しいものです。さて、大分は人口の少ない県の割には、アスリートを多数輩出している処です。確か、人口比率では、プロ野球選手が最も多い県だった筈ですよ。話を戻しまして、大分が産んだ力士と謂えば、角聖と呼ばれた日本一の大横綱、双葉山を筆頭に、今尚現役の元関脇嘉風関、大関千代大海、関脇玉乃海、小結の板井に垣添、地元のちゃんこ店で有名な豊国関、そして琴別府関、谷嵐関、と謂った処でしょうか。中々の個性派揃いと思いますけれど、谷嵐関の息子さんが、元横浜ベイスターズのエースであり、現在ジャイアンツで投げている山口俊投手ですから、血は水よりも濃し、アスリートの血脈は、滔々と流れているんですね~。でね、当院の直ぐ上に明野と謂う地がありまして、其処の出身で、ルーキーながら、西武ライオンズのレギュラーを獲りかけているのが、源田壮亮内野手であります。そして、当院のある大分市下郡では、戦前の名大関、豊国関が生まれたんですね。と謂う訳で、今日の拙ブログは、此処大分市下郡に因んだお話と参りましょうか。

さて、此処下郡の地は、大分市中心部から程近く、元々は住宅地であり農業が盛んな、何の変哲も無い田舎街でした。只ね、日本史上の大発見がありまして、実はどうやら此の下郡の地が、本邦で初めて豚の飼育をしていた様なんです。かって下郡の桑苗遺跡で、幾つもの豚の歯が発見された由、其れが弥生時代の物だったそうです。此れ、日本史上最古の豚の歯だそうで、猪とは明らかに大きさが異なる由でした。何でも、猪には歯槽膿漏が無いそうで、豚にはある由、其れも決め手だったとか。其れはさておき、中国大陸から来た渡来人が、家畜化した豚を連れて来たのか、或いは日本人が猪を飼い慣らしたのか、其処は分かりません。どうやら此の豚達、奈良時代までは文献に見られるんですが、其の後は姿を消すんですね。そして、面白い事に、かっての日本には、蘇、と呼ばれるチーズがあったぐらいでして、ミルクも飲まれていたんですね。此の蘇、税金の代わりに収める事もあったぐらいの貴重品でした。例えば醍醐味、と謂う言葉があります。元々は仏教用語なんですが、牛乳を煮詰めた極上の味、と謂う意味なんですね。しかし此の乳製品を食べる習慣も、先の豚さん同様、平安期を境に、文献から全く姿を消してしまいます。

話を戻しまして、此処下郡には、古代から大きな集落があった事は間違い無いと思います。下郡から程近い滝尾の地には、火山層の崖に、様々な大きさの横穴が沢山開いています。此れ、古代のお墓だったそうで、どうやら有力者を埋葬した由でした。そして、霜凝--しもこおりと読みます--神社と謂う由緒正しい古刹がありまして、此処は869年、平安時代の末期に建立されました。此処からは僕の想像なのですけれど、先の豚肉や乳製品が禁止と謂うか廃れ始めたのが、ちょうど此の神社が出来た頃なんですよね。となりますと、答えは1つでありまして、神道や仏教が盛んになるにつれ、所謂ケガレの発想が広がったのではないかと思われます。豚やミルクより、野菜や米を常食しなさい、其れが仏の教えです、と謂う事でありましょう。

でもね、おかしいなァと感じますのが、仏陀、仏様は長く厳しい修行を経て、悟りを開くんですが、お身体は衰弱しきっていたと。其処でスジャータと謂う娘が食べ物を差し上げ、仏様は劇的に回復するんですね。スジャータが持って来ました物は、お米を牛乳で煮たお粥でして、仏様もミルク飲んでるじゃん!?と謂う事になるんですが、インドから日本へと仏教が伝播する過程で、何時しか此の逸話が消えてしまったんでしょう。ユダヤ教やイスラム教にも似て、乳製品や肉食がタブー視されちゃったんですね。

ユダヤ教では、コーシェルと呼ばれる禁忌がありまして、食べられる物は限られるんですよね。先の豚も駄目ですし、烏賊・海老・蛸・牡蠣も不可、海産物ではうろことひれがあればOKなんですが、お刺身はアウトです。乳製品と肉を一緒に食べてはならず、其の肉も、血を抜いてからでないと食べられません。イスラム教では、ハラームと謂う禁忌があり、豚もお酒も駄目、海鮮はOKですけれど、陸でも生きられる物がアウトです。即ち、亀やワニや蛙は不可なんですね。何だか面倒臭い…。まァ、ユダヤ教のイスラエルも、イスラム教の中近東も、味覚粗野な地である事は間違い無く、道理でムスリム料理店なんて、滅多に聞かないですもんね。

さて、養豚の歴史は非常に古く、紀元前8000年前からと謂われています。僕、つくづく人類の叡智に感心するんですが、先ず古代のアジアでは、生活で出る生ごみや人糞を餌として養豚をしていた訳です。一種のリサイクルシステム、エコロジーと申しますか、衛生的にも良いですし、必要に応じて豚を解体して食べていた訳でして、理に適ってますよね。欧州は寒冷地ですから、冬場は豚の餌が無くなる訳です。となりますと、春や夏に生まれた子豚を森に放ち、どんぐりを沢山食べさせて太らせると。冬になる前に優れたつがいだけ残して屠畜、ベーコンなりハムなりソーセージにして春まで食いつなぐ訳です。どうやら此のソーセージが、豚肉の加工品としては最も古いそうですが、ドイツではブルスト、オーストリアのウインナー、スペインのチョリソ、スコットランドのハギス、イタリアのボローニャ、色々な種類がありますけれど、まァ見事な程にイスラエルや中近東には無いですもんね。でね、此れも僕の想像なんですが、イスラエルも中近東も、欧州より遥か彼方の昔々から、文明が発達していました。シュメールにメソポタミア、バビロニアにヒッタイト、ユダ王国にペルシャと将に百花繚乱でした。でも、ローマ帝国には決して勝てなかった訳で、僕、此れ、食糧ではないかと愚考します。要するに、ローマ帝国は、食糧の補給が上手であり、中近東の諸帝国には其れが出来かったんですよ。ローマ帝国軍の携行食糧は、乾パンでありハード・チーズでありソーセージだった訳で、イスラエルや中近東側は、宗教的な理由で、其れらは食べられませんもんね。古の戦場では、鎧に楯に刀や槍が主武器、当然重たい訳で、食糧はなるべく軽くかさばらない物が必要不可欠です。となりますと、先のチーズやソーセージの組み合わせは最適でしょう。とまァ、僕の勝手な解釈の世界史講座になっちゃいまして恐縮です。

下郡の話から古代ローマまで来てしまい、書いている本人が一番吃驚していますが、僕達日本人には、妙な戒律や禁忌が無くて本当に良かったです。今日のお昼は、豚カツか生姜焼きか豚しゃぶか、何れにせよ、何だか僕、豚さんを食べたい気分です。よおし、では此れから会議の連続ですけれど、頑張って来ます!!
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