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鯖街道 >゜))彡

いやまあしかし、年の瀬だと謂うのに本当に物騒だと、何だか肌が粟立つ思いがします。ベルリンのクリスマス市場にトラックが突入、60人の方が重軽傷を負い、うち12人の方がお亡くなりになりました。本当に可哀相に…。謹んでご冥福をお祈り致します。さて、同様の事件、7月にはフランスのニースで、11月にはアメリカのオハイオでもありましたよね。そして、ベルリンの事件の日には、トルコでロシア大使が銃撃されて死亡、アメリカ大使館も襲撃されたそうです。スイスのチューリヒではイスラムの教会で発砲があり、ベルギーでは対テロ部隊が交戦、此れ、全て同じ日であり、どう考えても計画的犯行でしょう。過激なイスラム教徒達が、混乱と恐怖と暴力で人々を支配する、実に卑劣極まりない手段でして、僕、決して許せんなあ。でもね、宗教を突き詰めると過激な方向に行くのって、結構ある事でして、余り知られていませんけれど、キリスト教だって、人の事は決して言えないんですよね。キリストですら、テロリストに近かったのでは?という仮説があるぐらいですもん。実際、イエスの信者には、物騒な輩が結構居たんです。例えばゼロテ派やシカリ派と呼ばれる連中なんですが、常に短剣を隠し持ち、白昼堂々、繁華街で人を殺し、慌てふためく群衆の中を逃走していたそうでして、此のメンバー、数千人も居たとか。此れ、単なるテロリストじゃないですか!因みに、 sicarii 、と書くんですが、此れ、スペイン語になりますと、 sicario 、ギリシャ語では sikarioi 、でして、暗殺者、という意味であります。宗教って怖いですよね…。でも、自分達の考えが異端である事を、深層心理下で薄々気付いているからこそ、過激な手段に出るんでしょうか。或いは、本当に世直しの意味で殺人を行い、悪い事をしたとは全く感じていないのかも。うう~ん、ここら辺になりますと、もう僕の理解の範疇を超えています。うちの先生方に彼らの思考を教えて貰おうかしらん。

我が国にも、オウムという狂信の徒、邪教集団が居ましたけれど、本邦に宗教戦争が無かったのって、やっぱり織田信長公、豊臣秀吉公、徳川家康公のお蔭ですよね。平安期から僧兵という言葉があったぐらいで、こいつら、坊主の癖に武装してるんだから堪りません。強訴と謂うんですが、大勢の坊主が覆面をし、刀や槍をちらつかせながら交渉を行い、自分の主張を無理矢理通すんですから、総会屋や極道やKKKと変わりませんよね。お前らはお経だけ読んで、木魚でも叩いちょけ、すもつくれん!と、大分弁で叱りつけたくなります。さて、信長公が比叡山を焼き討ち、本願寺との熾烈な戦いを制したからこそ、彼らの力が随分弱まりました。続く秀吉公が刀狩で彼らの武器を没収、そして家康公が本願寺を東西に分けて力を分散させ、今に至る訳です。信長公秀吉公家康公、3人の英傑が、まるで打ち合わせたかの様に力を合わせ、漸く、生臭坊主どもを成敗出来ました。僕達はもっと、信長公達に感謝しなくてはなりません。

さて、其の信長公は画期的な施策を沢山行いましたけれど、其の1つに、道路の整備があります。自分の領地内では、流通や軍用の為、幅6㍍の道路を造りました。バイパスもあり、坂はゆるやかにし、街路樹を植え、常に綺麗にしていたそうです。此れにより、信長軍は迅速に移動出来ましたし、物流も盛んになったんですね。

み熊野の 浦の浜木綿 白重なる 心は思えど 直に逢わぬかも、万葉の調べに謳われたのが、世界遺産でもある熊野古道です。此の古道、熊野大社への参道なんですが、大昔から皇族の方々も参拝の為に歩んだという、由緒正しい道であります。でもね、昔の人の知恵って凄いと痛感しますのが、此の道、石畳もありますし、国道と重なっている処もあり、平成の今でも充分に生きた道なんですよね。此れ、世界に目を向けますと、古のペルシャ帝国が築いた「王の道」、ローマ帝国のアッピア街道、そして驚きますのが、インカでしょう。カパック・ニャンという道路でして、何だか猫みたいな名前ですけれど、其の距離は何と5万㌔を超え、加工した石材で造られていますから、15世紀の物なのに、今でも立派に使えますもんね。

しかしながら、僕達に最も縁が深いと謂えば、古来より日本各地に点在する「塩の道」でしょう。北陸と京を結ぶ「鯖街道」も有名ですよね。それらの道は、沿岸部から山間部まで繋がり、塩や物品の流通経路だった訳で、宮本常一さんの名著「塩の道」は高校時代に読みましたが、感動しましたもんね。例えば塩鮭ですけれど、腐敗を防ぐ為に塩を使うと思いますよね。昔の塩魚って、口が曲がる程辛かったでしょ。でもね、勿論魚の保存という意味もあるんですが、貴重な塩を吸収させるべく、魚に大量の塩をまぶしたんですって。

さて、実は最近、様々な遺跡の発掘が進んでいます。僕達が思っていたよりも、古代人の行動範囲って非常に広いんですよ。北海道の知床の遺跡から銅銭が出土したり、淡路島と出雲において、同じ鋳型で造った銅鐸が見つかりました。広島で出土した土器は愛媛で造られていたり、此れ、弥生時代の物だそうですが、瀬戸内海なぞ湖の様な感覚だったんでしょうね。最も有名なのが、黒曜石でして、此れ、特定の産地でしか取れません。此の黒曜石、紀元前の物が、伊豆大島や朝鮮半島、ロシアのウラジオストックでも出土していまして、当時から流通って、本当に盛んだったんですね。しかし、星だけを頼りに、粗末な船で荒海に漕ぎ出した古代人達の知恵と勇気には、頭が下がる思いがします。

僕、かって堺の地で両親と清遊した事があります。其の時に実際見ましたのが、竹内街道でした。此れ、日本最古の国道と謂われていまして、堺と奈良を結ぶ短い道なんです。此の道、今では全て舗装され国道になっていまして、何の変哲もありません。でもね、日本史を凝縮した様な道でして、遣隋使遣唐使が此処を通り、仏教をもたらし、シルクロードからの商人もここを通りました。此の道沿いには、古墳が沢山ありますし、俳聖松尾芭蕉も此処に住んでいた時期もありまして、そう思うと、感無量でありました。

でもね、将来は道そのものの性格が変わるかもしれませんね。実際、先に紹介しました、京都の鯖街道ですけれど、もう、北陸の塩鯖は漁獲量も激減しましたし、ノルウェー産の方が安価ですし、沢山流通しています。実際、今では、ノルウェーから日本まで、遥か彼方から鯖が飛んで来る訳ですもんね。オスロ~成田間の空路が、現代の鯖街道と呼ばれているとか。

さてさて、今日は道のお話となりましたけれど、如何でしたでしょうか!?さて僕、明日は色々と忙しく、もしかすると、更新は祝日の金曜日になるかもしれません。ご了承下さい。よおし、ではお昼ご飯を食べに行きますか。今日のメニューは鯖の塩焼き、いやいや味噌煮かな!?
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