この道の 富士になり行く 芒かな

読者の皆様、こんにちわ!さて、今日は月末であり週明けが重なり、朝から妙に忙しなく、先程までバタバタウロウロ、今漸く落ち着きまして、やっと僕のオフィスまで戻り、一息入れた処です。エスプレッソかグリーン・コーヒー呑もうっと!と、其の前に、拙ブログの更新が遅れまして、大変失礼致しました。ところで皆様、お休みは如何お過ごしでしたか!?僕、最近、毎週日曜日は只ひたすらに眠るばかり、こんな怠惰じゃいけないなァと思いつつ、気付くと自分の鼾や寝言で目覚めたりして、呆然と「サザエさん」を見て空しく感じたりしています。其れにしても、広島カープの日本一の夢は破れ、残念でした…。日本ハムファイターズのファンの皆様、見事な優勝、おめでとうございます。打の中田、投の大谷を中心とした好チームだったと思いますし、連覇を目指して頑張って下さいね。ただねえ、ファイターズの優勝にケチを付ける気は毛頭無いんですが、僕、どうもあんまり好みのチームじゃないんですよね。確かに、若手の有望株がズラリとメンバーに並ぶチーム構成は、非常に魅力的なんですが、ファイターズって、ベテラン勢や高給取りを直ぐに放出するでしょう。ダルビッシュに糸井、大引に田中、金村に高橋、中村に八木と、枚挙に暇がありませんもん。特に、糸井には驚きました。日本代表で主軸を打ち、抜群の身体能力を持つチームの顔だったのに、いきなりの電撃トレードでした。少しでも力が衰えたり、年俸が上がると放出する、まァ、論理的な経営手法なんでしょうが、僕、其れではチームへの忠誠心や愛は、決して生まれない気がします。本当に大事な処では、勝負弱い気がするんですよね。選手獲得や編成の上手さ巧みさは認めますけれど、決して王道のやり方では無いでしょう。僕、其の意味でも、生え抜きの選手をコツコツ育てて来た、カープに勝たしてあげたかったんですが、力及ばず残念でした。日本シリーズ計6試合で、カープの得点は19点、ファイターズ24点ですから、力の差は殆ど無いんです。ホームランバッターを1人育てれば、とは言っても其れが難しいんですが、次はカープが勝つ、僕、そう思いますし、我が愛する阪神が優勝を邪魔する事は決してありませんから、広島の皆さん、来年こそは日本一になって下さいね。

閑話休題、其の広島には梵--そよぎ、と読みます--という内野手がおり、数年前まで日ハムには大引という選手がいました。梵選手は広島のお寺の生まれ、大引選手は神戸の神社に生を受け、もし両者が相見えたら、同じポジション同士でもあり、坊主VS神主の日本シリーズで盛り上がったのに、残念な事をしました。でもね、我が国のユニークな処と申しますか、本当に平和的だなァと思いますが、神仏習合という言葉があります。此れ、神道と仏教が一体化して1つの宗教になるという意なんですが、全国に点在する、所謂神宮寺がそうですよね。全国4万を超す八幡神の総本山、宇佐神宮も同様です。奈良の東大寺の大仏が建立される際、宇佐神宮が「全国の神を率いて協力する」というお告げを出しているぐらいなんですね。其の東大寺、昨日菩薩像の奉納式典を行っていましたけれど、実はベトナムと深い縁があるんです。奈良時代に来日した僧侶仏哲が、ベトナム生まれでして、1200年前、東大寺の大仏が開眼する際、彼が雅楽を奉納したんですね。其処から繋がりが生まれ、1200年前の御恩を返そうと、今度は東大寺の仏像を、ベトナムの寺院に貸し出すとか。合縁奇縁と申しますか、縁は異なもの味なもの、仏哲さんも、まさか1200年後に、日本の仏像がベトナムの地に来るとは思ってもいなかったでしょう。743年の奈良時代に、天竺ですからインドですね、其処から高名な僧を招聘し、中国や韓国からは舞踊団を呼び、聖武天皇が直々に手掛けた一大国家プロジェクトが、東大寺の大仏建立でした。大分の宇佐の神様が奈良のお寺に全面協力し、其処に中国に韓国、そしてインドやベトナムまで絡むという、西暦743年とは思えないスケールの大きさですよね。奈良期の日本は、疫病が猛威を振るい、飢饉に旱魃に大地震も起き、酷い状態でした。其処で、平和と安寧と豊作を願い、大仏建立と相成った訳です。まァ、物言わぬ大仏で世の中が静まる筈も無いんですが、僕、当時の為政者の志は立派だったと思います。原発がメルトダウンしても放置して見てみぬふり、富士山からとったミネラル・ウォーターから発癌性物質が検出されても知らんぷり、そんな自民党や現総理より、聖武天皇の方が余程、民草の事を思っていたんじゃないかしらん…。

さてさて、聖武天皇の祈りも空しく、都は荒れ果てる訳ですが、其の後に鎌倉の地に幕府が成立するのも、僕、分かる気がするんですよ。古都鎌倉は非常に狭い土地ですけれど、四方八方が開けた京都と違い、海と山と河があり、守り易く攻め難い場所ですもんね。そして、山海の幸に恵まれ、水が豊富で疫病が無く、成程、鎌倉を選んだのも分かる気がします。そして、西方に目を向けますと、奈良期の大分の地に、仏教文化が花開きました。古くは豊前豊後と呼ばれ、二豊とも言われましたが、物成りが余程豊かだったから、此の名が付いたんでしょう。実際、大分の海の幸って、河豚に鰆に岩牡蠣、鱧に渡り蟹に城下鰈、蛸に太刀魚に鮎、鯵に鰯に鯖、まァ美味しい物ばっかりですもんね~♡そろそろ、宇佐辺りに渡り蟹食べに行かなきゃ!でなければ、大分空港の近くの国東という半島に、65個のお寺と1000の伽藍、そして7万体の仏像が造られる筈がありません。国東から南下しますと、宇佐神宮や臼杵の石仏群があり、西には日田の英彦山の修行場があります。此の英彦山にしても、険しい山中に800か所の修験場があり、3000人を超す山伏が居たというんですから、かなりのスケールですよね。

僕、つくづく思うんです。遥か昔の日本では、疫病も飢饉も地震も防ぐ術が無く、あらゆる処に居たとされる、八百万の神や仏様に祈るしかありませんでした。其の証左が、奈良の大仏であり、国東半島の7万体の仏像でありましょう。でもね、今では途轍も無く技術は日進月歩、防げる天災も奈良時代よりは確実に多い筈です。中でも原発なぞ、止めてしまえば良いだけでありまして、一番簡単な防災だと思うんですけどねえ!?そして、登山は僕は余り好みませんけれど、登山者の皆さんには、1つお願いしたい事があるんですよ。我が国には山岳信仰という言葉があるぐらいでして、元々登山者なぞ、明治期までは余程の例外を除き、全く居ませんでした。山岳信仰とはシャーマニズムやアニミズム、全ての物に神が宿るという考えに近いと思うんです。古来から日本人は、富士山を筆頭に、山々とは神々が住む神聖な地と見ていたと思うんですね。僕、エアーズ・ロックやグランド・キャニオンに行った際、直ぐに聖地の清らかさを感じました。そして、山岳信仰とは、自然と共存して行こうという考えと思うんです。又、かって山とは、あの世とこの世を分ける境界でした。常世と現世であり、だからこそ山の祭祀を絶やさなかった訳です。もう1つ、僧達や山伏らは、俗世と縁を絶ち、神聖な山奥で、厳しい修業をして悟りを得ようと考えた筈です。此の国に、縄文時代から連綿と続く考え方なんですよね。でも、心無い登山者の人達って、ごみを滅茶苦茶に捨て放題でしょう。富士山も酷いそうで、ペットボトルに弁当箱にポイ捨ての由、霊峰富士の名が泣きますよ…。幕末期に滞在したアメリカ大使、ハリスさんが富士山を始めて見た際、「此の美しさは言葉では表せない」と、感涙にむせんだそうです。

仮にも、昔の人達が聖地と崇め、大事にして来た処に、ゴミを散らかして知らん顔、其の仕打ちは無いでしょう。ネパールの人達の心の拠り所であるエベレスト、僕、勿論登ってはいませんが、其の姿は現地で見ました。確かに圧巻であり壮観、かつ荘厳で神々しかったんです。心の底から感動しました。でもね、とっても恥ずかしい事に、エベレスト登頂の際、日本人クライマー達は酸素ボンベから衣服から排泄物から、兎に角捨て放題の由、其の量なんと、2㌧近くあったそうです。うう~ん、他国の人達が神が居ると思っている地に対して其の行為、僕、同じ日本人として複雑な心境です。勿論登山は個人の自由とは思うんですが、登られる方は、よくよく考えられた方が良いと痛感します。

さて、日本シリーズから始まって、思うがままに綴っていましたら、最後は登山時のごみ問題となり、書いた自分が吃驚していますが、本日の拙ブログ、如何でしたか!?よおし、ちょうどお昼になりました。ご飯を食べて、午後からも頑張ります。
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コメント

こんにちわ。初めてお便りします。日ハムファンです。ブログのおっしゃる事もよくわかりますが、道民の希望でもある球団ですので、あまり悪く書かないでやって下さいね。

お気にさわったらすみません…。でも、いつも楽しみに読んでおります。

ファイターズファンさん、初めまして。おはようございます。

気を悪くされたなら、本当にすみませんでした。あくまで僕の個人的意見ですので、どうかお気になさらずにm(__)m。

これに懲りず、どうぞ何時でもコメントを下さいね。ご訪問をお待ちしております。
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