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初心忘るべからず

読者の皆様、おはようございますm(_)m。僕、今日、急遽出張と相成りまして、今、時間に追われながらやや焦りつつ、拙ブログを更新している処です。さて今朝、新聞を見てましたら、アメリカ全土でピエロが出没、大騒ぎになっているとか。どうやら、人を襲ったり拉致している由、政府も動き、学校が休校した州もあるんですって。まァ、スティーブン・キングのベストセラーのホラー小説、「IT」の怪物はピエロでしたし、何だか不気味ですよね。元々はピエロは宮廷の道化師なんですから、一種のトリック・スターでありまして、怖がる事は何も無いんですがね。皆が仮装するハロウィンも近いですし、アメリカはテロや暴力事件が頻発していますから、余計怖いのかもしれません。

さて僕、出張中読もうと思い、昨夜本を選んでいたんです。書庫から引っ張り出したのが、僕、あんまり好まないんですが、漱石の物でして、皆さん、「夢十夜」って読まれた事はありますか!?全編、「こんな夢を見た」、で始まるオムニバス形式でして、僕、出張前で早く寝たいのに、ついつい読み耽ってしまいました。でね、読んでいて気付いたんですが、此れ、能と全く同じですねえ。主人公が夢の中で会いますのは、物の怪や幽霊や化物でして、怪奇小説、いや、幻想文学のジャンルになるのかなァ。実はね、能も同じフォーマットなんですよ。能の舞台は、先ず太鼓や笛の音が幻想的に鳴り響き、そして出て来るのは主として2人、「ワキ」と「シテ」です。「ワキ」は生きている人でして、大体旅の途中なのですけれど、其処で会うのは「シテ」、此れが幽霊だったり精霊だったり物の怪なんですね。そして「シテ」が舞い踊るという塩梅です。

僕、歌舞伎も人形浄瑠璃も能も、其々何度か見た事があります。僕、どうも歌舞伎は少々苦手、人形浄瑠璃は素晴らしいんですが、お人形が小さく見辛い時があり、やはり能に一番惹かれました。という訳で、今日の拙ブログは、能のお話を。とは言っても僕、実際に舞台を見たのは数える程、全くの門外漢であり素人ですから、的外れの事を書いていても、どうぞご海容下さいませ。

さてさて、此の能が成立したのは室町時代と言われています。如何にも日本的だなァと思いますのは、中国から来た、散楽という芸能があったそうで、其れがベースになっているんですね。此の散楽、どうやら中国雑技団の様な物だったそうで、綱渡りとか槍投げ、物真似もあり、一種の曲芸団、サーカスの元祖とも言えましょう。其処に、猿楽は勿論の事、田植えの際の踊りやら、地方毎の舞が加わり、世阿弥という天才が其れらを巧みに融合、現在の能というフォーマットが完成したそうです。でね、僕、ひたすら感嘆します。と申しますのは、能って、世阿弥の頃の室町期から殆ど変わっていない訳で、600年前の物が今でも見られるなんて、凄くないですか!?平成に生きる僕達が能舞台で観ている物を、歴代の足利将軍は勿論の事、織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も観ていたんですもん。そして、世阿弥が書いた彼の有名な「風姿花伝」、一種の芸術論ですけれど、此れなぞシェークスピアが生まれる200年前の物でしょ。能とは将に、世界最古のミュージカルでありましょう。

でね、僕が興味がありますのは、常に人間でして、能を完成させた世阿弥さん、とことんアウトサイダーでありバガボンド、マイノリティなんですよね。どうもね、世阿弥さん、室町期の将軍、足利家と長年死闘を繰り広げた楠木正成の血筋の様でして、本来ならば、死罪になってもおかしくありません。幼少の頃は仏門に入れられたのが、其の証左でしょう。又、お寺の稚児さんだった様ですから、まァ、ゲイですね。天性の美貌だったそうで、12歳の時、能舞台で舞い踊る世阿弥さんを見初めたのが足利義満将軍、以来寵愛を受け、パトロン兼同性の愛人?となる訳です。此の足利義満公、アニメの「一休さん」ではおバカな感じですが、史実を知るとイメージが変わりますよね。実際は義満公、かなりの大立者、実力者だった様で、天皇になろうとしたという説もあるぐらいです。

閑話休題、世阿弥さんは父君の観阿弥と共に、日本全国津々浦々を巡業した事により、其の鋭い視点には、益々磨きが掛かった事でしょう。そしてね、昔の芸人さん、役者さんは、良くない事ですが、乞食扱いを受けていまして、其処から将軍の庇護を受け、のし上がるんですから、能という芸術を、必ず成功させる、という強い意思があった事でしょう。だってね、先の「風姿花伝」に、「時の間にも男時--をどき--・女時--めどき--とてあるべし」とあるんですね。此れ、男時はこちらに勢いがある時、女時は向こうに勢いがある時、という意でして、こんな発想と言葉のセンス、尋常じゃありませんし、如何にも乱世を生き抜いた感じがしませんか!?因みに、女時は兎に角辛抱我慢、男時に勝負をかけろという、まるで超一流の博徒の様な人生訓でありました。

さて、能は何種類かありますけれど、主な物が、先の幽霊や亡霊が出る演目なんですね。僕、此れって、時代背景が大きいと思います。室町から戦国、そして安土桃山の時代、約300年間ありますけれど、其の殆どの時期、日本は内戦状態にありました。勿論、疫病や天災もあり、将に、朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり、そりゃね、皆が救いを求め、本願寺やキリスト教が流行る訳ですよねえ。常に生死が隣り合わせだった訳で、其れを音楽を絡めて舞台で表現する訳ですから、能が爆発的な人気を得たのも分かる気がします。世界遺産の厳島神社、其処には海上に浮かぶ能舞台がありますけれど、夕暮れ時の逢魔が時に、太鼓や笛が鳴り響き、寄せては返す波音と共に亡霊が舞い踊れば、将に幽玄の世界、誰しもが魅了される事でしょう。此れ、面白い事に、江戸期になり平和になりますと、死という要素が消え、よりエンターテイメント性の強い歌舞伎が流行るのも、歌は世につれ世は歌につれ、うん、納得ですよね。

此の能、日本人の琴線に触れる処があるのでしょう。先の漱石は勿論、文学界では川端に三島、映画界では溝口健二の「雨月物語」に黒澤明の「蜘蛛巣城」「影武者」を筆頭に、枚挙に暇がありません。僕、世の東西を問わないんだなァと感心しますのが、もう直ぐ始まるハロウィン、此れもまた、能に酷似してますよね。だって、死者が家を訪ねて来たり、悪い精霊や魔女から身を守る儀式、其れがハロウィンの元々の姿でしょ。日本に受け入れられたのも、何だか分かる気がします。そして、此れ、キリスト教のお祭りじゃないんですよ。所謂ケルトの民、一神教では無く多神教、即ち、スコットランド・ウェールズ・アイルランドに伝わるお祭りですもんね。でね、僕、ハッと気付いたんですが、ジョン・レノンが来日時、言葉も筋も分からないのに能を観て号泣、感銘を受けたという有名なエピソードがあるんです。生死の無常観や幽玄の世界が、ケルトの末裔である、ジョン・レノンにも分かったんでしょうね。そしてね、ラフカディオ・ハーン、小泉八雲先生も「怪談」で出て来る、「耳なし芳一」「雪女」「葬られた秘密」、能のフォーマットでありましょう。ハーン先生も、父君がアイルランド人ですもんね。

まだまだ書きたい事はあるんですが、又の機会と致しましょう。さて僕、明日大分に戻るんですが、今日は熊本近辺に泊まる予定でして、ホテルに物の怪や妖怪や亡霊が出ない事を祈っています。よおし、今日思い立つ旅衣、では行って参ります!次回更新は日曜日の予定でして、其れでは皆様、一足お先に、素敵な週末をお過ごし下さいませ。
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