FC2ブログ

❂❂ タンポポ ❂❂

三連休の最終日、随分と秋の気配を感じる爽やかな朝ですけれど、皆様如何お過ごしでしょうか!?僕、何だか久方振りの完全休養という気がしますし、プロ野球のクライマックスシリーズを見たり、本の整理に曝書と、のんびり過ごす事が出来ました。でね、僕、日頃滅多にTVは見ないのですけれど、ワイドショーで、所謂こども食堂が全国で盛んになり、此処大分でも出来たという事を知り、喜んでいました。此のこども食堂、拙ブログで何度か取り上げたんですが、地域の人達のボランティアで、貧困層の子供達に安価で食事を提供するというもの、僕、何か協力する心算なんですが、本当に喜ばしい限りです。其れに対し、何処ぞの三流芸能人が、ダイエットの為、鮨屋に行った時には、「シャリの部分は全部残すんです~」と言ってまして、テメエ馬鹿野郎此の野郎、訳の分からん事を言うんじゃないよと、怒髪天を突きました。日本人が年間棄てる食材は、何と111兆円にも上る訳で、アフリカの恵まれない子供達の事を考えろと、苛々しちゃいましたよ、全く。思わず、買って来たばかりの剣菱を飲んじゃったんですが、此の季節、日本酒が美味いですねえ。特に此の剣菱、僕、日本酒の中では一番好きなんですよ。空きっ腹に 剣菱えぐる ように利き、やや琥珀色で濃厚な味わい、やはり冷やですかねえ。久保田だ八海山だ、天狗舞だ獺祭だ、確かに旨いですけれど、安価で美味しく、日本の伝統を感じるのはやはり剣菱でありましょう。だってね、恐らく日本最古の蔵元じゃないかと思うんですが、創業1503年ですよ。其れも、文献が残っているのが此の年ですから、未だ歴史が古い可能性があり、何と5世紀に渡り、常に日本人と共にあった酒であります。歴代の関白が味わい、赤穂浪士が忠臣蔵の討ち入りの前に呑み、暴れん坊将軍徳川吉宗公が愛飲し、明治維新の精神的支柱だった大学者達、平田篤胤に頼山陽に藤田東湖が好んだのが、此の剣菱なんです。其のふくよかな味を楽しんでいますと、田夫野人の僕も、此の日本史の大きな流れの中に居る気がしまして気宇壮大、何だか愉快になるんですよ。大体ねえ、鮨のシャリを残すなんざあ、日本人の風上にもおけませんし、だったら刺身を頼みゃあ良いじゃねえか、ダイエットとか言うんなら喰うな!と憤慨していました。

閑話休題、僕達日本人は、其の長い長い歴史の中で、食べ物を本当に大事に、そして相互扶助と助け合いの心で生きて来ました。では、本日の拙ブログは、僕の体験や読書歴から、日本人の食を巡るエピソードをご紹介致しましょう。さて、未だ記憶の新たな、ラグビーワールドカップ、我らが日本代表が、優勝候補の南アフリカを破るなど大躍進、僕、何十年も応援して来ましたから、嬉しい限りでした。でもね、彼らのイングランドでの奮闘も、プレイでは無い処で支えられえていたんですね。宿泊先のホテルでは、お米の炊き方を何も知らず、まるでお粥を通り越した物ばかりだった由、選手達の体重がどんどん減り、悲惨な状況だったとか。其の状況を聞き、選手達のすがる様な目を見た、ロンドン郊外の日本食の居酒屋さんが立ち上がり、お店は休業と決め、商売は度外視で、大会開催中ずっと、片道3時間掛けて、選手達にお握りやお味噌汁、沢庵に焼き魚等を届け、其れが南アフリカ戦の奇跡的勝利、大番狂わせに繋がったとか。将に意気に感ず、僕、涙が出ましたよ。いえね、僕、若かりし頃に2年間、豪州に住んでいました。未だ20歳ぐらいですし、人生で一番食べ盛りの頃ですから、異国の高カロリーの食事を毎日摂っていたんですが、どんどん体重が落ちるんですよ。今では考えられないぐらい痩せてしまい、大丈夫かなと不安になったんですが、漸くジャポニカ米を発見、其れを食べるようになってから、漸く体重が戻りましたもんね。

畏れ多くも皇室主催の晩餐会、此れは世界でも類を見ない素晴らしさなんです。料理は兎も角、どの国から来たどんなゲストにも、最高級の食事を出し、又其の国の慣習に合わせるんですって。何だァ、当たり前じゃんと思う勿れ、例えば欧州にイスラム圏の国家元首が来たと。ムスリムの人達は、基本的に禁酒ですから、欧州の様に食事の際にワインは飲みません。欧州側はシャンパーニュやワインを出そうとする、イスラム側は酒瓶すら見せるなと揉めに揉め、とうとう晩餐会其の物がキャンセル、至って険悪な雰囲気で政府首脳の会談となり、案の定話し合いは決裂したとか。日本では、飲まない国には決してアルコールを出さないそうです。そしてね、嫌らしい話なんですが、欧米では、其の国の規模やレベルによって、出るワインが違うんですって。日本やドイツの様な先進国が来た際にはブルゴーニュの最高級ワインで、バングラデシュやサモアの様な最貧国が来た際には、随分劣るワインを出すそうです。世界で唯一、日本だけが、「誰に対しても最高級のおもてなしと食事を」という事だそうで、そして天皇皇后両陛下と、お心のこもったお言葉を交わし、来賓達は皆、感銘を受け、親日的になり帰られるそうですよ。

そして僕、大和撫子は偉かったとつくづく思います。第二次世界大戦が終わり、昭和30年代になるまで、日本にはちゃんとした冷蔵庫は普及していませんでした。となりますと、保存食を造らねばならず、干物や漬物や梅干は当然の事、納豆に味噌に佃煮、何とカルピスやワインやウスターソースまで自家製だったそうですよ。みかん1つ取っても、余った物はマーマレードにし、皮を干して薬や調味料にし、此れは所謂陳皮ですよね。そして、干したみかんの皮を煮出して洗剤やシャンプーに使ったとか。

そしてね、古くから続く老舗飲食店も、素晴らしいんですよ。古い雑誌を整理してましたら、特集を組んでまして、僕、思わず読み耽りました。親子丼の玉ひで、鰻の野田岩、すき焼きの米久、洋食のたいめいけん、何れ劣らぬ名店揃い、僕、幸い全て行きましたけれど、本当に美味しいんですが、決して高く無いんですよね。なるべくお客さんの財布の負担にならない様、ギリギリの採算ラインで、最大限美味しい物を出す、其の心意気が嬉しいじゃありませんか。安倍総理とオバマが行ったすきやばし次郎でしたっけ。あそこ、お任せの握りしか食べられず、1人3万円払って、お店に居られるのって20分足らず、ホスピタリティ皆無の接客でして、僕に言わせりゃあ大きな勘違いをしてますよ。浅草寺に程近い、弁天山美家古寿司、此処は創業慶応2年、江戸前寿司の本家本元のお店ですが、5000円でお腹一杯食べられますよ。親方の談話を少しだけ引用します。「おすしは高くちゃいけません。出来るだけ安くして、気軽に楽しんで貰わなくちゃ。庶民の楽しい食べ物なんですから、馬鹿馬鹿しく高いんじゃ情けないですよ。来て下さったお客さんに喜んで貰って、「相変わらず美味しかったよ。」と言って貰いたいんですよね。職人には、此の言葉以外何もいらない、そう思うんです。」ですって。僕、すきやばし次郎なぞお高くとまって真っ平ご免、肩が凝りますし、ざっかけなく気取りの無い、美家古寿司が断然贔屓ですねえ。

現在の愛媛県、江戸期には小松藩という極めて小さな藩がありました。僅か1万石、お城も無く、お侍は数十人という、今ならば小さな市のレベルの大きさでしょうか。歴史上の大事件に絡んで日本史に其の名を残す様な事は全くありません。でもね、此の小松藩が素晴らしいのは、藩主の一柳家9代、230年の治世の間、1人も餓死者を出していないという、善政で知られています。江戸期は非常に天災が多く、寛永・享保・天明・天保と、4つの大飢饉が起きています。全国的に疫病や餓死が広がり、大変な被害が出ました。ところが此の小松藩、常に農民と共にあり、日々天候を記録し、米麦をコツコツと蓄え、飢饉に備えたが故に、大きな被害が出なかったんですね。僕、涙がこぼれる思いでしたが、飢饉の際の武士達の給与は、何と全員80㌫カットですよ!そして、殿様自ら鮎を鹿を獲り、柿をわらびを採り、其の子息達も連日貝を採取していたそうなんです。村々を日々視察していたそうですが、其のお弁当は、麦やヒエの入ったご飯に、焼き味噌とお漬物だけでありました。そして、お金を何とか貯めて、領内の教育費用に投じたとか。此れ、全て記録に残されていまして、江戸期の生活を知る貴重な資料として、今も残っています。

平成の日本は1000兆円を超す大借金を抱えています。原発も年金も、経済格差も子供の貧困も、何1つ解決してませんよね。其れなのに、自民党のお偉いさんや官僚どもは、先のすきやばし次郎等の高級店で、やりたい放題の贅沢三昧でしょう。僕、小松藩のお殿様に、此の国の舵取りをお願いしたいと、切に思うのですけれど、読者の皆様は如何思われますか!?

さてさて、明日は僕、三連休明けで、朝から相当忙しなく、拙ブログの更新は難しいと思います。次回更新は水曜日の予定となります。其れでは皆様、引き続き祝日をお過ごし下さいね~。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しもごおり

Author:しもごおり
OSHブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR