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☨ 宿敵 ☨

♪下らねえとつぶやいて 醒めた面して歩く いつの日にか輝くだろう あふれる熱い涙 いつまでも続くのか 吐き捨てて寝転んだ 俺もまた 輝くだろう 今宵の月の様に♪、どうもねえ、何から何まで真っ暗闇で、筋の通らぬ事ばかり、高倉健と池部良じゃありませんが、着流し姿に日本刀を引っさげて、殴り込みに行きたい気分であります。と言いますのも、福島の原発の後処理の費用、僕、此れ、当然の事ながら東電が全額負担すべきと思うんですね。でも其れを、新電力会社に負担--一律で電気料金を上げるそうです。--させる由でして、国民全体に賠償費用を出させよう、という魂胆なんですよ。いや、そりゃあ駄目ですし、全く筋が通りませんよ。福島の大惨禍を招いたのは、勿論地震と津波もありますけれど、後手後手に廻った東電、民主党の菅や枝野に野田の執行部、そして其の後を継いだのに知らんぷりの自民党--日本中に原発を誘致したのはコイツらですからね!--の面々、そして官僚、彼らの責任でしょう。其れがね、太陽光をメインに使う新電力会社にも、原発の後処理費用8兆円を負担してくれだなんて、幾ら何でも酷過ぎませんか。安倍のヤロウ、大馬鹿の癖に、こういう浅薄な悪知恵だけは働きやがって、ぶん殴ってやる!大体ね、仕事の出来ない連中に限って、トラブルが起きても知らぬ存ぜぬ、だんまりを決め込み、どうしようもなくなってから、其の案件を持って来るんですよね。やりたい放題やって、尻拭いは人にやらせて知らん顔、もうお前ら、息吸うな!

ついつい興奮してしまい、罵詈雑言の雨あられ、暴言多謝でありまして、大変失礼致しました。此処からはもう少し、丁寧な言葉遣いを気を付けますが、時事通信だったかな、或るニュースを見ていて、またまた暗くなりました。三越が、千葉と多摩の店舗を閉店する由なんです。確か千葉は、パルコも閉店が決まったばかりなんですよね。僕、本籍は父祖の地の千葉ですから、余計気になるんですが、千葉県の人口は600万を超え、千葉市もそろそろ100万人を超える筈、かなりの経済規模がある筈です。其れでも、伊勢丹もパルコも閉店って、どれだけ不景気なんでしょうか、は~あ。多分、千葉の百貨店は、そごうだけになるんでしょうね。此のデパートという形態そのものが、疾うに古くなって来ている事は分かります。巨大駐車場を持つ、郊外型の大型ショッピングモール全盛ですもんね。でもね、都心部においては、デパートの殆どが、銀座線なり半蔵門線なり、東武なり京急なり、地下鉄や私鉄の駅と直結しているんですから、寧ろ郊外店より便利なんです。其れなのに、全国各地で続々と、そごうも西武も、阪急阪神や近鉄も、夫々閉店が相次いでいます。地場の百貨店、例えば岩手花巻のマルカンデパートや、浜松の松菱、熊本の県民百貨店、高松の天満屋、何れも無くなり、死屍累々でしょう。此処大分も、トキハという老舗デパートがありますけれど、駅ビルは新装開店したし、郊外には商業施設はあるし、結構厳しいんじゃないかなァ…。

でもね、百貨店の低迷、長期低落傾向も、此れ、日本経済が上向けば、随分と好転すると思うんですよね。ところが残念な事に、株価は上がったものの、企業の内部留保と株主配当だけが増えるばかり、賃金は下がる一方じゃありませんか。アベノミクスが謂う処のトリクルダウン、富裕層が富めば富む程、貧困層にも其の利益が滴り落ちて来る、という意味なんですが、こりゃあ、大失政であり、真っ赤な嘘ですねえ。其のアベノミクスの結果、子供の6人に1人が貧困に喘ぎ、本気で自殺を考えた人は4人に1人、其れも経済問題が悩みの種だそうで、去年1年で、53万人が自殺未遂をした由でした…。将に distopia 、暗黒の未来でありまして、こんな日本に誰がした、と思えてなりません。其れなのにね、安倍総理の総裁任期を無期限にすべきと、自民党内では寝言を言ってるそうですよ。其れじゃあ、プーチン以上の独裁制じゃありませんか…。僕、読者の皆様は勿論の事、どうかどうか、国民全員が、此の国の未来を真剣に考えて、きちんと投票に行って欲しい、切に切に願っていますm(__)m。

実際ね、熊本の復興も、日暮れて道遠し、緩慢なままで、ちっとも進んでいない様に見受けられます。其処で僕、遠い昔の熊本を想うんですよ。戦国期の戦が漸く落ち着いた安土桃山期、加藤清正公と小西行長公という武将が居ました。前者は熊本の上半分を、後者は下半分を任され、夫々統治していたんですね。両者の性格は誠に対照的でありまして、清正公は武力に秀で、豊臣秀吉公の子飼い、熱心な日蓮宗の信者でした。行長公は元々商人で外交に才を発揮、豊臣家には中途採用、敬虔なクリスチャンです。折角隣り合わせに居るのに、南無妙法蓮華経とアーメンですから、全く肌が合わずに犬猿の仲だったと言われています。でも、此処だけは両者共に認め合っていたと思うんですが、彼らの内政の上手さはずば抜けていたんですね。

清正公は、長年の戦乱が続き、荒れ果てた熊本の地を、見事に立て直しました。緻密な測量を丹念に行い、灌漑に治水に干拓、農業用水路を造り、大穀倉地帯を造り上げました。4つの大河の流れを変え、氾濫を防ぎ、此れ、400年以上前の用水路が、今でも立派に役立っているそうなんですね。何とまァ、梅雨時期でもかんかん照りでも、13㌔に渡る用水路の水量は常に一定の由、いやはや何とも、脱帽でありますm(__)m。道理で、熊本では清正公と呼ばれ、絶大な人気を誇るのも分かる気がしますし、実際、第二次大戦中、日本中が食糧難だった時も、熊本だけは食べる物に困らなかったそうです。

清正公の造った熊本城も天下の名城ですが、行長の宇土城も素晴らしいアイディアなんです。今では廃城なのが残念でなりませんが、近年の調査で分かったのですけれど、城や城下町や屋敷等が、運河や水路を天然の防御壁として一体化しており、街全体が守られているという、守り易く攻め難い、誠に理想的なお城でありました。そしてね、程近い八代の地にある、川と海に囲まれた島に城を新築、直接船で出入り出来る様にし、貿易の拠点としたとか。キリスト教の学校を多く建て、油絵に水彩画、時計にオルガンまで造っていたそうでして、此れ、400年前ですよ!此処からは僕の推測ですが、行長公は元々は多くの船を持つ大豪商であり、朝鮮や明との交易は盛んでしたし、そして宣教師との付き合いも深く、外国語を解した可能性がかなり高いと思います。日・中・韓・伊・ポルトガル語ぐらいは出来る、マルチリンガルだったんじゃないかなァ。と申しますのも、当時の欧州で造られた日本地図には、UDOやYATSUSIROの地名がきちんと書かれているんです。此れって即ち、宇土や八代が国際貿易都市として、国際的に認められていた証左と思います。

農業を拡充し、治水を成し遂げ、収穫を大幅に増やした清正公。海外貿易で自国を豊かにし、文化的に発展させた行長公。方法論は全く異なりますけれど、両者共に、自国民を労わり、慈しみ、愛した事は間違い無いと思うんです。然るに、現在の為政者の施策は何ですか!増税と電気代の値上げ、物価は上がるのに貰える年金も給与も下がり、此れねえ、清正公も行長公も、こんな民を苦しめるだけのやり方は決してしなかった、僕、そう思えてなりません。自民党政権の面々、猛省しなさい!

さてさて、明日は漸く、全国的に晴れの由、僕もお布団を干そうと思いますし、皆様、素敵な週末をお過ごし下さいね。其れでは、月曜日にまたお会いしましょう。ごきげんようさようなら(^.^)/~~~
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