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♪JAZZ FUNERAL♪

おはようございます。新聞各紙を見てましたら、どうやら菅サン、遂に年貢の納め時の様で、退任する、なんて出てましたが、本当ですかね!?いざ、という局面になると、また小理屈をこねくり回して延命を図るんじゃないですか!?この人や回りの連中の、見苦しい姿や醜悪な面を見ているだけで不快指数が上がるので、とっとと辞めて欲しいです。良く分からないのは、今の政権内にいる人達が総理に立候補しようとしている事です。今まで総理を支えてきて一心同体の筈なんですが…。共同責任という言葉はあんまり好きじゃありませんが、今の執行部及び政権内にいる方々は、総裁選に立候補の資格なんてありません!これだけの大損害と被爆を国民に押し付けておいて、のうのうと総理を目指すなんて、よくもまあ言えたもんです。SHAME ON YOU!

さて、当院は明日より三日間お盆の休診に入ります。読者の皆様も、海へ山へ、行楽のご予定が沢山おありではないでしょうか。僕は、宇佐や上野墓地公園への墓参りに初盆のお参り、と坊さんの様な三日間になりそうです。問題なのは宇佐の墓所でして、鬱蒼たる竹林の中にあり、風がまるで通らない凄まじい湿気と、藪蚊の大群と、大量の落ち葉に毎年悩まされています。戻ってからの冷水シャワーと冷えた麦酒を思い浮かべながら、汗を拭いつつ蚊を追い払う、数時間の悪戦苦闘が待っています…トホホ…。

お盆の風習といえば、ご先祖様が戻られ、又お帰りになる、という仏教と神道が合体して出来たものと考えられています。沖縄のエイサー、広島の盆灯籠、京都の五山の送り火、石川は御招霊、長野のかんば焼き、東京は佃の盆踊り、それに加えて三大蔡として知られる阿波踊り、岐阜の郡上踊り、秋田は西馬音内の盆踊りが広く知られた所ですね。僕、実際に見た事のあるのは、京の大文字焼きと佃の盆踊りだけですが、いずれも深く印象に残っています。大文字焼きは、何か悲壮感といいますか、そこはかとない哀しみ、荘厳な雰囲気が街を覆う気がし、人間の煩悩を燃やし、死者を弔う慰霊の炎が、真夏の京の夜を焦がしていました。佃の盆踊りは都内では唯一のもので、意外な事に、かっての江戸幕府は、治安維持の為、己の領地内での踊りを許さなかったんですね。佃は築地本願寺に極めて近く、古い念仏踊りの伝統を残したものと言われています。本願寺と言えば、戦国時代に幾つもの国を支配し、武装割拠していた程の大勢力でして、織田信長と十年以上に渡る血みどろの戦いを繰り広げていた、坊主とは思えない集団でしたから、その時その時の権力者が如何に扱いに神経をつかったか、苦労の程が忍ばれます。結局、徳川家康は本当に智恵がありました。本願寺の跡を継ぐであろう、兄弟の不仲に目を付け、夫々に継がせ、分裂させたんですね~。今でも東本願寺、西本願寺は決して仲が良いとは言えませんが、この遠因は徳川家康にあった訳です。さて、この佃の盆踊り、近くを流れる隅田川からはかすかに潮の匂いがし、近代建築の粋を集めた超高層ビルと、どこか懐かしさを覚える古い家並みと、船着き場も点在し、その地に何百年も前から連綿と続く、盆踊りの太鼓や笛の音が聞こえてきまして、何だかとても不思議な感覚に陥りました。

僕の親友のMさん、長崎出身なんですが、彼にいつも「是非、精霊流しを見に行って下さいよ~。」と、勧められています。長崎市のメイン・ストリートを、凄まじい量の爆竹の破裂音、大勢の人々の喧騒、延々と流れゆく煙に包まれて、死者の霊を弔いながら、盆提灯や花々で飾られた精霊船を、海に流すというこの行事、派手で或る意味楽しく、恐らく古くからの中国との文化交流の影響もあると思われ、僕、長崎は幾度となく訪れた大好きな街ですから、是非一度体感したいと思っています。

古い古い、「シンシナティ・キッド」という映画があります。僕の少年時代のアイドルだった、ステイーブ・マックィーン演じる若きギャンブラーの挑戦を描いた傑作なんですが、この映画の冒頭、アメリカのディープ・サウス(黒人奴隷が多く住んでいた南部の街です)、ニューオリンズの街に賑やかなジャズが流れるシーンから始まります。良く良く目を凝らして見ると、このシーン、なんと葬式なんですよね。大勢のミュージシャン達が思い思いに楽器を演奏し始めると、家々から人々が飛び出し、参加し、それがいつしかパレードとなり、街中を踊り歩き、号泣しながら♪お前が死んじまって嬉しいぜ この馬鹿野郎♪と唄うのです。これ程、哀しみを乗り越え明るさに昇華しようとする葬式があるでしょうか。ジャズの有名なスタンダード・ナンバー「聖者の行進」もこのジャズ・フューネラル(ジャズ式葬式と訳してよいでしょう。)から生まれたものです。ニューオリンズにしても長崎にしても、生と死をかけ離れたものとは考えず、哀しみを堪えて明るく送り出そう、という姿勢に近いものを感じます。

僕、今は亡き父の葬儀で喪主を務めたんですが、参列者の皆様に、最後にこうお伝えしました。「生前の父は、人を集めて、明るく賑やかに楽しくするのが大好きでした。皆様の涙を、父は決して望んでいないと思います。死とは、暫くの間の僅かなお別れですから、難しいとは思いますが、どうか笑顔で送ってやって下されば、故人もきっと喜ぶかと思います。」と。

何だか今日は抹香臭いと言いますか、やけにお盆を意識した内容になってしまいました。皆様もお暇があれば、お墓に参ってあげれば、ご先祖様もさぞ喜ぶ事と思いますよ。それでは僕も宇佐行き頑張ります!皆さん、良い週末を!
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