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♥ 君は君 我は我也 されど仲良し ♡

其れにしても、何とも無残で目を背けたくなる、酷い事件が起きてしまいました。神奈川県相模原市の施設で起きた、此の卑劣な連続殺人、医療や福祉の仕事に生きる者として、強い憤りを感じます。お亡くなりになった方々には、謹んでご冥福をお祈りします。そして、ご家族の皆様のお気持ちを思うと、何とも言いようがありません…。言うまでも無く、此の犯人は極刑が当然ですし、決して許される事ではありません。そして、今後2度と同様の事件が起こらない様、全国の施設や病院の皆様、勿論当院も含めてですけれど、セキュリティを一層強化すべき、そう感じました。

只ね、1つだけ思いましたのは、医療や介護の現場の夜勤勤務って、本当にハードなんです。上記の犯罪が起きた施設の、夜勤の給与が出ていましたが、時給905円でして、此れ、神奈川県の最低賃金だそうです。夕方の6時から翌朝8時半まで休憩2時間で働き、此の給与とは…。僕、かって、千葉県の救急病院で働いていた事がありまして、其処では事務当直の仕事が、隔週で入っていました。其の地域に1つしかない救急病院でしたから、夕方の当直に入るや否や、土用の丑の日の鰻屋といった塩梅でして、まァ四六時中電話が鳴りまくるんですよ。夕飯を食べるのがやっとで殆ど一睡も出来ず、カラスカァと啼いて夜が明けて、頬がこける思いで朝食を摂り、其のままお昼過ぎまで働くんですね。此れ、僕は事務方でしたから、ドクターやナース程は厳しくない訳で、それでも相当ハードでしたもんね。犯人を庇う訳では決してありませんが、読者の皆様は勿論の事、此の国の重鎮達にも、医療職看護職の辛さ厳しさ大変さを、どうか理解して欲しい、切に願って止みません。そしてね、今、国の打ち出す政策と、医療や介護の現場では、途轍も無い乖離と矛盾が生まれています。此れからの少子高齢化は待った無しですし、どの党の社会福祉政策がベターなのか、どうか皆様にはじっくり考えて欲しいです。どうか宜しくお願い致しますm(__)m。

此の手の凶悪犯罪、最近では、附属池田小学校や秋葉原でもありました。古くは、横溝正史の「八つ墓村」のモデルとなった津山事件がありました。僕、つくづく思いますのは、夫々の事件の背景や動機は異なるにせよ、犯人達は皆、社会から孤立し行き場を失くし、世を恨む人達でしょう。そしてね、其の背景には、社会不安や貧困もあると思うんです。先の津山事件が起きたのは昭和13年、日中戦争も真っ最中であり、国家総動員法が出来た年です。此の国家総動員法、天下の悪法として名高いですけれど、要は、人にせよ資産だろうと物資でも、全て国が管理し統制するという法律です。こんな事をやられては、ファシズムと共産主義が合体した様な物、堪ったもんじゃありませんが、日本最大の連続殺人である津山事件は、其の暗い世相の下起きた凶行でした。為政者の皆さん、どうか明るく希望に満ち溢れた、此の国の将来像を指し示して下さいよ…。もう1つ、今回の事件の犯人は、犯行予告もしていましたし、暴力事件で書類送検もあり、そして、犯罪現場となった施設の前で、ビラを撒いていたそうじゃありませんか。幾ら民事不介入とは言え、警察の皆さん、パトロールを強化するとか、施設内を見回るとか、何か出来なかったの!?

毎日が楽しく笑顔で、其れなりの収入があり素敵な恋人が居て、己が社会から受け入れられていれば、犯罪は激減し、社会にゆとりと明るさが生まれる筈、僕、そう思うなァ。ところでちょうど今、横浜美術館で、メアリー・カサット展が開催中です。此のメアリーさん、1920年代を中心に活躍した、印象派の画家なんですが、僕、此の時代、とっても好ましく思っているんですよね。ローリング・トウェンティーズ、狂乱の20年代と呼ばれるんですが、長く陰鬱な第一次世界大戦が漸く終わり、世界中で生の喜びを謳歌し満喫した時代なんです。建物はアール・デコ調が主流となり、ダンスやジャズが大流行し、女性達はミニ・スカートにショート・カット、ホモセクシャルも少しづつですが認められ、男女共に美酒や美食や煙草を楽しむ、そう、フィッツジェラルド書く処の、「華麗なるギャツビー」の時代であります。

さて、メアリー・カサットさんに話を戻しましょう。偏見が薄れ、生を謳歌する時代になったと雖も、女性が画家になるには、未だ周囲の理解を得られなかったんですね。メアリーさんはアメリカのペンシルバニアに生を受け、実家は銀行という大変裕福な家の出です。幼少時には欧州全域を旅行したぐらいですから、望めば幾らでも自由気儘に暮らせたんでしょうが、家族の反対を押し切り、美術学校に入学します。ところが、男子学生や教師からは、女が画家?と馬鹿にされるばかり、こんな処に居ては時間の無駄とさっさと退学、単身パリに渡るんですから、大した度胸ですし、カッコ良い♡欧州中の主だった美術館を廻り、模写を続けて独学、其の10年近い修業期間中、ピサロやドガの知己を得て漸くデビュー、一世を風靡します。メアリーさんは勿論の事、ビッグ・ネームであるルノワール、シスレー、モネらが興した絵画の手法が、所謂印象派と呼ばれるスタイルです。当時の画壇は、所謂新古典派、仰々しく重々しい色合いの、宗教画が主流でした。あくまで素人の視点で恐縮ですが、此の印象派、先にご紹介した1920年代の風潮にぴったりでして、兎に角分かり易い絵ですし、明るい色彩なんです。屋外の景色や人物を描き、光や色彩をビビッドに表現したんですね。ですから、観ていて楽しいですし、気持ちが明るくなる事は受け合います♡又、メアリーさんは日本の浮世絵や屏風絵にも造詣が深く、代表作の1つである「沐浴する女性」など、後ろを向いた半裸の女性の絵ですが、着物風の腰巻?を下半身にまとい、何だかまるで、僕のオフィスにもある、竹久夢二の美人画を思わせます。メアリーさんの凄味は、浮世絵を取り入れるだけで無く、晩年にはエジプトへ大旅行を敢行した事でしょうか。古代画の技法を参考にしようと思ったんでしょうが好事魔多し、多くの病を得て、殆ど失明するんですね。画家にとって視力は命と思うんですが、メアリーさんはまるで向日葵の様に決して挫けません。其の12年後に亡くなるまで、女性が参政権を得られる様、日々真摯な努力を続けるんですね。僕、メアリーさんは、真の意味で自立した、素晴らしい女性だったと思います。

さて、メアリーさんの大活躍に触発された訳でも無いんでしょうが、雨後の筍の様に、優れた女流画家が同時期に沢山出ました。ベルト・モリゾにエヴァ・ゴンザレスを筆頭に、皆さん揃って、明るい色彩の傑作を多く描いたんですね。興味深く感じますのは、此の女性達、皆さん揃って裕福で陽気な性格だったそうで、其の大らかさが色や線に現れていまして、其れが人気を博した一因でしょう。時を同じくして、日本でも白樺派という、同様のムーブメントが起きます。志賀直哉に武者小路実篤、有島武郎に梅原龍三郎、里見弴に柳宗悦、こちらは文藝が主ですけれど、皆さん裕福なお家の子達が芸術家となり、大人気を博したんですが、こちらも大変結構であります。

印象派も白樺派も、共通しますのは、生活の安定や寛大な心、今までの画壇や文壇のスタイルを超えた斬新さ、そして全てを受け入れ肯定する明るさでしょうか。武者小路先生なんて、「君は君 我は我也 されど仲良き」と、ファシズムとは正反対の名言を残されてますもんね。そして、僕のこよなく愛するルノワール、彼の描く裸婦なんて、地母神を思わすかの様に、ぽっちゃりとしてふくよか、大変グラマーな女性ばかりでして、生命の輝きがあり、神々しささえ感じます。其のルノワール、「楽しくなければ絵なんて描きません」との言葉が残っているんですよ。誠に同感ですし、折角此の世に、限りある生命を受けて生まれて来たんですから、妬んだり拗ねたり僻んだりする暇なんてありませんよ!元気に陽気に大らかに、歌って踊って恋をして、食べて飲んではしゃいで、楽しく生きなければ損ですよね♡
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