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♪ また逢う日まで ♪

天皇陛下が退位なさる、というニュースが全世界を驚かせました。ただね、宮内庁は全面的に否定しておりまして、此れ、どういう事なんでしょう!?僕、今生天皇は平和を愛する大変ご立派な方と感じますし、美智子妃殿下も素晴らしい方でありましょう。陛下も御年82歳ですか、其のお年であれだけの公務をこなされるって、大変なご苦労ですし、お身体も辛いんじゃないかなあ。ですから僕、ご退位については、陛下のご希望通りにされ、皇太子殿下が継がれては、と思います。でもね、どうもねえ、こりゃ僕の勘なんですが、政治的な動きが関連していませんかねえ…。今生天皇は根っからの平和主義者であり、或る本に依れば、「自分はあくまで憲法を守る。もし戦争になったとして、開戦の署名を求められたら、断固としてこれを拒否する。」と仰られたそうです。そして皇太子殿下も同様のお考えの由なんです。僕、恐ろしく感じますのは、保守系のメディアでは、皇太子殿下では無く、秋篠宮殿下の方が良い、といった論調が目立つんですよね。あのねえ、畏れ多くも皇室のお世継ぎの話に、所詮チンピラやゴロツキ程度の知的レベルの新聞やTVなぞが、口を挟むべきじゃないですよ!こんな馬鹿げた暴言を吐くなど、戦前ならば不敬罪でお縄、刑務所行きですよ!猛省しなさい!

さて、今生天皇と同じ考えであった平和主義者、永六輔さんが先週亡くなられました。謹んでご冥福をお祈り致します。永さんは、今風に言えば、マルチ・タレントとでも申しましょうか、数多くのエッセイが大好評、TVにラジオに出演、舞台の脚本を書き演出し、本当の才人でありました。僕、其の柔軟さには常々感心していたんですが、ハハァ成程と納得した事があるんですよ。永さん、憲法は改正すべきだ、というお考えなんですが、1行だけで良い、と言われていました。「2度と飢えた子供の顔を見たくない」、戦争経験者でもある永さんですが、此の1行に全てが集約されているでしょ、と笑いながら言われていまして、僕、感心したなァ。此の1行に、教育・福祉・戦争・貧困、全てが含まれているじゃありませんか。英国やカナダやサウジなぞは不文憲法、成文化されていませんし、もっと自由にフレキシブルに楽しく、憲法を論じても良いですよね~。さて、今の日本は、永さんの願いも空しく、子供の6人に1人が貧乏な訳でしょ。そしてね、さっきネットを見ていて愕然としたんですが、20~40代の男性で、年収1000万以上って、0.4㌫しかいないんですって。其れに加え、高身長高学歴でイケメンで性格も良いとなると、女性の皆さん、そんな男性を捕まえるのは、実家の裏庭から石油が出るぐらいの確率でして、もう殆ど居ない様な気がします…。夢も希望も無い話ですよね、すみませんm(__)m。

話を戻しまして、多彩な才能を誇る永さんですが、彼の代名詞と言えばやはり、作詞家としてでしょうか。日本人の曲で唯一全米1位を獲得、そして世界中でチャート・インした「上を向いて歩こう」、そして「黒い花びら」、「見上げてごらん夜の星を」等々、メガ・ヒットばかりです。僕、興味深く感じますのは、其の時最も勢いのあるジャンルに、目端の利く、才長けた若者が集中するんですよね。其れが、或る時は映画であり、ラジオでありTVであり、映画に漫画にアニメにゲームと、歌は世につれ世は歌につれ、ドンドン変化して行くんです。そしてね、其の業界は衰退し、違う媒体に取って変わられるんですが、何時も同じパターンなんですよ。「此の世界は金になる」と、会社化し、高学歴の学生を雇い、アーティスト達を管理し始めると、駄目になってしまうんですよね。答えは簡単、芸術の世界と学歴は全く関係無いからです。芸術が分からない大学出の若造が、監督の撮る映画に口を出し、駄目にしてしまう、という図式でありましょう。さて、永さんが輝いたのは、昔懐かし、歌謡曲の世界でありまして、昭和40年代は、本当に多くの才能が集まりました。なかにし礼に阿久悠に松本隆、日本の生んだ類稀なる偉大な作詞家ですが、彼ら3人の総売り上げって、シングル・レコード1億4000万枚ですよ!昭和とは歌謡曲の時代であった、そう定義出来そうですが、先程ご紹介したのは作詞家の皆さんですが、作曲家にも、とんでもない怪物、化け物がいたんですね。筒美京平さん、其の人でありまして、総売り上げは7700万枚、チャート1位の曲が40曲、3位以内が100曲、10位以内は200曲、ヒエ~、凄過ぎます♪ヒット・ナンバーを少しだけ記しますと、「ブルーライトヨコハマ」「魅せられて」「また逢う日まで」「ギンギラギンにさりげなく」「仮面舞踏会」「グッバイマイラブ」「飛んでイスタンブール」「17才」「私の彼は左きき」「君だけに」、いやァ、僕、全部知ってますよ♪しかし、「ギンギラギンにさりげなく」って、これまた凄いセンスですねえ…。

さて、筒美さんは新宿に生を受け、小学校から大学までずっと青山学院、僕、音大か美大でも出たのかと思っていたので、其れは意外でありました。そしてね、青学の経済学部の出身というのも不思議です。其れはさておき、幼稚園児の頃からピアノを習っていた由、精々アルバイトでバンドに参加する程度だったそうで、偉大なる作曲家も、プレイヤーとしてはそうでも無かったんでしょうね。さて僕、音楽の才能はありませんで、昔ギターとピアノを齧った程度ですが、聴くのは大好きなんです。僕、筒美さんの一連のヒット・ソングを聴いて思いますのは、此の人、本当の職人なんだなァ、という事でした。筒美さん、ありとあらゆるジャンルの音楽を聴かれて研究していたそうなんですが、海外の音楽を咀嚼し、自分也にアレンジして曲を創る訳でして、そうですねえ、例えば「また逢う日まで」なんて、もろに黒人音楽、ソウル・ミュージックですもん。パッパッパラーパパッ、という印象的なイントロのホーン、そしてリズムは黒人音楽そのものです。ジャクソン5やダイアナロスは勿論、バート・バカラックやカーペンターズ等々のメガ・ヒット歌手達の歌も同様に、筒美さん風の解釈をし、換骨奪胎で曲を発表し続けたんですね。素晴らしいのは、勿論天賦の才もあったんでしょうが、とんでも無い努力家なんですって。だってね、「ポップ・ミュージックを創るには、街やメディアに常にアンテナを張り、緊張感が無ければ駄目なんです。僕は、ヒット商品を造るのが使命なんですから。」、だそうです。うう~ん、僕は情念が突き動かされる様な、パワフルな歌を好みますけれど、筒美さんの様な、真のプロフェッショナルも凄味があり、素敵と思います。

僕ね、筒美さんの大成功って、本当に日本的、そう感じてなりません。だってね、ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開化の音がする、明治の始め、日本が洋式化し始めた頃、学問の分野では、左程抵抗がありませんでした。最も大変だったのは食事の部分でありまして、そりゃそうですよね、肉食がタブー視されていたんですから。牛乳にしてもチーズにしても、口に含んだだけで吐きそうだったんじゃないかしら。其処で編み出されたのが、所謂洋食でありまして、オムライスにトンカツにハヤシライス、ドリアにスパゲティナポリタンにフライです。例えばトンカツは元々はポーク・カットレット、英仏独伊の食べ物です。僕、ドイツ流のシュニッツエルもフランス風のコートレットも食べましたけれど、大変申し訳ありませんが、日本のトンカツの圧勝でした。欧米風のカットレットですと、味付けは1種類しかありませんが、日本のトンカツは違いますもん。トンカツソースにウスターソースにデミグラス、大根おろし、醤油、赤味噌、塩、胡麻でしょ。そして、ハムカツにメンチ、カツサンドに串カツ、長崎のトルコライスに岡山のトンカツラーメン、カツカレーにカツ丼まである訳で、こんなにアレンジメントが上手な人種って、日本だけですよ~。何だか無性にお腹が空いて来ましたけれど、筒美さんがやった大仕事は、フランス料理に味噌醤油をかけて和風にし、食べやすくした事と酷似していると思います。謂わば、日本の音楽レベルを劇的に引き上げた大功労者でありまして、国民栄誉賞を差し上げても良いんじゃないかなあ。

ううん、自分で書いていてなんですが、先のトンカツの所為で、滅茶苦茶お腹が減りました。今日のお昼は早く食べようっと…・おっと忘れていました。明日は朝から忙しなく、拙ブログの更新は、連休中の何処かになると思います。其れでは皆様、一足先に、素敵な週末をお過ごし下さい♪
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