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牛肉と馬鈴薯

今朝、起き抜けに日経の電子版を見ていましたら、トップ記事に、「日本ハム 新球場建設を計画」と大きく出ていました。此れね、前々から薄々知っては居たんですが、行政側はまるでお代官様というか、殿様感覚なんですよね。プロ野球の日本ハムファイターズは、札幌ドームをフランチャイズとしているんですが、球場そのものは、北海道の第3セクターの所有です。要は、大家と店子の関係なのですけれど、其の家賃が滅茶苦茶なんですね。球場使用料から警備費から、清掃費も全てファイターズ側が全額負担、しかも飲食代に看板広告の利益、グッズの一部売上までもが北海道に取られていたそうで、其の額は何と、年間26億円を優に超すとか。其れ、幾ら何でもちょっとぼり過ぎでは…!?なんだかまるで奴隷契約ですけれど、古代ローマだって、10年真面目に務めれば身分は開放、自由な市民になれたのにねえ。ファイターズの観客動員は年間200万人前後でありまして、其の人気は北海道全域に広がっています。北海道民の皆さんの暮らしに完全に根付き、そして、地方において、年間200万人集めるイベントなんて、先ずあり得ないでしょうに。経済効果は計り知れませんし、もし僕が北海道庁の人間ならば、「ファイターズさんとは共存共栄、末永く仲良くやりましょう」と、年間使用料をド~ンと下げますよ。

ファイターズ側も腹に据えかねたんでしょう、とうとう別の場所に新スタジアムを建てる事を決めた様です。どうやら、北海道大学のすぐ側を予定している様で、成程、其処ならば札幌駅に近いですからね、利便性は良いでしょう。2023年に3万人収容の総天然芝のスタジアムを新設、周辺には大型商業施設やホテル、スポーツ施設や大規模な多目的ホールも併設する由、こりゃあ1つの街が新たに生まれる様なものですし、北海道の新たなランドマークとなる事は必至でありましょう。

憐れと言うか愚か過ぎるのは、札幌ドーム側です。先述しましたが、北海道で、年間200万人集めるイベントなぞ、プロ野球以外無いのに、目先の小銭を取る事に必死になり、大魚を逃がしてしまった訳でして、こりゃあ、担当者全員の首が飛ぶんじゃないかしらん。あ、公務員なんで、誰も責任取らないから、其れは大丈夫か…。此れで、札幌ドームの常打ちのイベントは、Jリーグの試合だけとなりました。サッカーのコンサドーレ札幌ですけれど、年間20試合で20万人を集めるのが関の山、もうこりゃ札幌ドームは倒産するんじゃないかしら!?まァ、公務員の感覚って、正直壊れていますもんねえ。だってね、かっては、ありとあらゆる事に手当を付けて、大問題になったじゃありませんか。眼鏡を掛けたら「眼鏡手当」。親睦会に参加したら「元気回復手当」。窓口業務をしたら「窓口手当」。映画を観に行ったら「観劇手当」。複数の女性とデートをし、色々な場所に行ったら、「地域経済貢献手当」。最後の手当は冗談ですけれど、此れ、名目を変えて、未だやってると思いますよ。テメエ、馬鹿野郎この野郎、貴闘力か旭道山、麒麟児か寺尾ばりの張り手か突っ張りを、終日喰らわせてやる!

対する日本ハムは本当に頭が良いと思いますのは、北海道に球団を移転した際に、地元を代表する大企業全てに、出資をお願いしているんですよね。北海道新聞・JR北海道・北海道銀行・サッポロビール・北海道電力等々の7社なんですが、皆さん快諾された訳でして、新球場建設にも、彼らは全面協力するでしょう。また、選手全員が手分けをして道内を3周し、野球教室を開き、ファイターズの人気は北海道全域に広がりました。そして、チームを応援してくれるのならば、どんな小さな個人商店でも、ファイターズのロゴは無料で使えるんですよね。又、北海道民の個人出資も募る由でして、此れぞ、本当の市民球団でありましょう。僕、球場移転は大成功すると思いますよ。

僕、為政者たるもの、北海道庁の様な、人情の機微の分からない、無粋でセコいやり方は、決してやってはならないと思うんです。人の住む 国辺を出でて 白波が 大地両分けし はてに来にけり、歌人伊藤左千夫が海浜の風景を詠んだ句ですけれど、此処大分にも、佐伯という素晴らしい海があるんですね。僕、密かに日本一お魚が美味しい処と思っているのですけれど、其れも其の筈、「佐伯の殿様、浦で持つ」と謂われた程でして、まァ、多種多様の海鮮がより取り見取りでありましょう。全国広しと雖も、トコブシの握りなぞ、此処でしか食べられないと思いますねえ。そうですねえ、今の時期ですと、そろそろ岩牡蠣かなァ。初夏に取れる、天然の大ぶりの牡蠣ですけれど、濃厚で豊潤で、口に投じた途端に海の磯の薫り、これがまた冷酒に非常に合いまして、う~ん、佐伯に行きたくなりました…。

閑話休題、其の佐伯の地は、長年、毛利という殿様が支配しておりました。江戸期に、名古屋から大分に移って来た殿様なのですけれど、六代目の藩主、毛利高慶公の治世の折、大津波が佐伯を襲ったんですね。何でも、4㍍を超す津波だったそうでして、大変な被害が出たとか。高慶公、其の被害を目の当たりにし、すぐさま或る決断をしました。「いつ何時、又大津波が佐伯を襲うかもしれぬ。」として、城下町全体を防潮堤で護る事を決意します。被災後17日目に工事を着工、藩主自ら工事現場で督励、全長4㌔の防潮堤を、僅か2ヶ月で完成させたのです。工事に当たった人々は3万5千人だったとか。僕、涙が出る思いなのは、佐伯藩って、精々3万石の規模の小藩なんですよ。当時、1万石につき、約300人のお侍を雇えた計算になるんですが、佐伯藩ならば、動員出来るのは、精々1000人の規模がやっとなんですよね。其れをねえ、よくもまあ、3万5千を超す人を、短期間で集められたなァ、と感心します。此れ、高慶公が、如何に住民の事を思っていたかの証左でしょう。ところでね、江戸時代に此れだけの工事が短期間で出来たのに、平成の今、当時とは較べられない程技術が発達したのに、福島や熊本で、どうして復興の時間がこんなに掛かるんでしょうか!?そして、高慶公のお孫さん、8代目の高標公の時にも、天災が続出、藩財政は破綻寸前まで行くんですね。高標公は、藩士の給与を半額にする等の徹底した倹約を行い、そして教育に力を入れる事で此の危機を乗り越えました。高標公が集めた蔵書は何と8万冊、中国の宋や明や元、オランダやフランスや韓国等々、世界中の書を集めました。其れもね、医学書に幾何学、天文学に歴史書、植林に農業、漢籍に生物学、殆ど全てのジャンルを網羅していた由でして、日本有数のコレクションであり、徳川幕府に貸したぐらいだったそうです。今、藩の財政は厳しくとも、学問を習得した若者達が、此の佐伯を担う礎である、そういうお考えだったんでしょうね。いや、偉大な殿様だったと思います。

翻って、今の日本って、赤字国債も1000兆、人口もどんどん減っているというのに、先の北海道庁に代表される様に、親方日の丸おんぶに抱っこですよね。公務員の皆さん、佐伯藩の様に、給与を半分に削り地域住民の為に頑張る、こう考えて然るべきと思うんだけどな~。
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