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ヴェニス 光と影

雪女 ときに吹雪を 起こしけり、襟巻や しのぶ浮世の 裏通り、鼻が出た 風呂に入って 声が出た、最初は俳人鈴木真砂女、真ん中が文豪永井荷風翁、最後は恥ずかしながら僕の駄句でして、何れも寒さは表現出来ている筈ですが、彼我の才能の差には愕然とします、トホホ…。いやしかし、大寒の言葉通りでありまして、週末は極寒でしたね~。鹿児島は奄美では115年ぶりの、お隣の国台湾では60年ぶりの積雪の由、此処大分もね、昨日の朝なぞ、目覚めたら路面は真っ白に凍結していましたし、終日粉雪が舞っておりました☃それでもね、冬来たりなば春遠からじと申します。暫くすれば立春であり啓蟄、きっと暖かくなりますよ、もう少しの辛抱、読者の皆様、一緒に此の寒さに耐えましょう。

僕、昨日は余りの寒さに恐れを為し、殆ど終日暖かいお部屋で怠惰に過ごしていたのですけれど、テニスにラグビーに大相撲、専らスポーツ観戦三昧でありました。錦織君もベスト8進出おめでとうですし、ラグビーも東芝の健闘は立派でした。最後のペナルティ・キック、残念だったなァ。でもねえ、昨日は何と言っても大相撲でしょう。郷土の誇り、関脇嘉風関も何とか勝ち越しましてホッとしましたし、大関琴奨菊関、初優勝おめでとうございます!優勝を決めた大一番では、がぶり寄りという古典的な技を武器に土俵際まで追い詰め、最後は突き落としでの見事な快勝、僕、TVの前で立ち上がって拍手しました。其れにしても、日本人関取の優勝は10年ぶりとの由、そりゃね、白鳳や朝青龍、図抜けた強さの外国人横綱が居たのは分かりますけれど、70場所もずうっと続けて勝てないだなんて、そりゃあちょっと恥ずかしいですよね、国技ですもん。稀勢の里に勢、豪栄道に栃煌山、遠藤に嘉風、ここら辺の日本人力士はより一層奮闘努力、精進と稽古を重ねて貰って、賜杯を争って欲しいものです。さて、優勝した琴奨菊関、幾度となく怪我に泣いた、遅咲きの大関ですけれど、将に大器晩成の言葉通り、31歳の誕生日を目前にしての初優勝でありました。琴奨菊関が素質に恵まれていたのは、好角家は皆知っていますし、努力と研鑽を惜しまない人柄も広く知れ渡っていました。それでも中々優勝出来なかったのは、生来の気の優しさからだったんじゃないかなァ…。だってね、10円を拾っても交番に届ける様な子供だったそうですし、サインは決して断らない大の甘党の由、ウン、社会人としては素晴らしい美質ですが、勝負師としては、弱った相手は踏み潰すぐらいの方が良いんですよ、きっと。でもね、素敵な伴侶が出来、彼女に恥をかかせてはいけない、何としても優勝する、という事で強くなれたんってんですから、近来稀に見る素敵な話じゃありませんか。♪ I won't be afraid, I won't be afraid, just as long as you stand, stand by me ♪、僕はもう恐れるものは無い 僕はもう恐れるものは無い ただ君がいれば 君がそばにさえいれば、是非此の名曲は、ジョン・レノン・ヴァージョンで聴いて欲しいですけれど、何はともあれ、琴奨菊関、本当におめでとう!

閑話休題、其の琴奨菊関の生家は、福岡は柳川でありまして、僕、何度か訪れた事があります。彼の地を代表する文人と言えば、北原白秋と壇一夫の両巨頭でありましょう。北原先生は童謡の作詞家として、壇先生は作家として、名を残した訳ですが、何故か両人共に非常な艶福家でありまして、複数の女性スキャンダルでも有名であります。柳川の人って、女性にモテるのかなあ、羨ましい…。それはさておき、此処柳川と言えば、先ずはやっぱり鰻のせいろ蒸しでしょう。確か20店舗近く、鰻を出すお店がある筈ですよ。数年前かなあ、当院のスタッフの皆さんと、柳川の病院見学に行った事があるんですが、その際に十数人で鰻屋にお邪魔しました。せいろ蒸しを皆で食べましてすっかり満腹、さて、先方の病院を訪問しよう、とO事務部長がバンを運転、僕がナビゲーターとなりまして、地図を見ていたんですが、柳川って、少し走ると直ぐに田園地帯が広がりまして、似た様な景色ばっかりなんですよね。僕もO事務部長も道が分からなくなりまして、仕方が無い、僕、後ろを振り向きまして、「皆さん、ここら辺に陸橋か十字路がある筈です。すいませんが、見つけたら教えて下さい、ご協力お願いします!」と言ったんですね。そうしましたら全く返事がありませんで、僕、嫌われてるのかなあといじけてましたら、燦々と降り注ぐ春の陽光の暖かさ、そして鱈腹食べた鰻のせいろ蒸しのお蔭で、皆さん、いびきをかいて爆睡してました…。まァ、何とか辿り着いて良かったです。

そして、柳川の特徴のもう1つは、所謂掘割、市内を縦横無尽に走る水路と小舟でありましょう。春は流し雛、夏は納涼、秋は観月、冬は炬燵船で熱燗、とっても風情のある水の都であります。僕、此処に行く度に思いますのは、先人達の叡智なんですよ。柳川の地は元々が湿地帯でありまして、其処に堀を造ったのが400年前と言われていますから、徳川家康が生きていた頃でありましょう。さて、掘り起こした泥土で田圃を造り、出来た堀は上下水道の生活用水であり、農業用水であり、貯水池であり、地下水を涵養--水が土と自然と馴染むという意味です--しているので地盤沈下を防ぐそうでして、何とまあ頭が良いんでしょうか!?僕、この知恵って、東大を出た様なペーパーテストの秀才の机上の空論からは、決して生まれないと思いますねえ。そうそう、大事な事を忘れていました。この掘割、結構複雑に入り組んでいますから、万が一外敵が侵入した際の防御になっているんです。そして今では此の掘割、大事な観光資源になっていますよね。将に人が水と共生している按配でして、此れこそが生きた知恵だと思えてなりません。

いえね、僕、水を利するというか、共存共栄していた昔の日本人と較べ、平成の今、何をやっているのか、残念でならないんですよね。福島の原発の忌まわしい事故、僕、多分に人災の部分もあると思いますけれど、東電が漸く「凍土壁」を完成、汚染水をシャットアウトして、外に出ない仕組みが出来たそうなんです。でもね、此れが稼働出来ないそうでして、何とまァ、凍った土の壁で汚染水は外には漏れないものの、地下に沈殿し続け、放射線物質の濃度は高まる一方らしく、まるで意味が無いそうなんですよ…。此の工事には、国費320億円を投入したそうですが、全てパァであります。原発事故から5年も経ち、放射能に汚染された水はずっと垂れ流しです。僕、かっての柳川を統べ、掘割と水を友好に活用していた歴代の戦国大名の方が、余程当事者能力があると思うなあ。

我が国は、水に恵まれた、世界中でも稀な、美しい国です。豊葦原瑞穂の国と言うぐらいで、豊かな葦が生い茂る田園風景、という意味でしょう。新潟にせよ大阪にせよ広島にせよ、日本の大都市は皆、元々は水利水源に恵まれた場所な訳です。東京だって、諸外国の各都市に較べたら、河川が多い方ですよ。其れをね、土建屋や官僚や政治家のポケットにお金が入るからといって、無茶苦茶な埋め立てばかりでしょう。ベネチアやアムステルダム、ストックホルムやストラスブール、そしてベルギーのブルッヘや柳川の様に、水の都として美しい景観を保ちながら、自然と共生出来る手段って、必ずあると思いますし、今からでも決して遅くない筈です。どうかどうか、此の国が、まともな方向に向かいます様に…。
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