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君の名は

いや~、しかし寒くなりました~。冬至も小寒も未だの筈なんですが、雪女 出さうな夜の 風邪心地、皆さん、健康管理には充分お気を付け下さいね。僕、先日の忘年会に出た後、どうも風邪気味でありまして、そりゃそうですよね、200人の人が会場に居た訳で、中にはきっと、何らかの菌を持った人がいたでしょう。何はともあれうがいをしなきゃ。

それにしても、ロサンジェルスの学校閉鎖、怖いですよね。「学校を爆破する」という予告があった所為で、900校64万人の生徒さんが自宅待機ってんですから、くわばらくわばら…。此れ、テストが嫌な子の仕業の愉快犯、とかなら不幸中の幸い、未だ救いがあるんでしょうが、アメリカもねえ、ついこの間、LAの近くの街で乱射事件がありましたから、ナーバスになるのも致し方無いですよね。しかしロサンジェルスですが、僕、随分昔に、10日程滞在した事があります。安ホテルを根城に、ディズニーランドやユニバーサルスタジオ、チャイニーズ・シアターにマリナ・デル・レイ、ビバリー・ヒルズにウエスト・ハリウッドのゲイ・タウン、色々と遊び廻ったんですが、ほぼ毎朝、パトカーのサイレンの音で目覚めました。幾度か銃声も聞きましたし、残念でしたのは、ホテルにチェック・インの際、荷物を置いてサインするじゃないですか。そのほんの少しの間に、僕の横に置いていた荷物をそのまま取られましたもんね。ホテルのロビーに泥棒がうろうろしている訳ですから、流石にカルチャー・ショックでした。ところで、ロサンジェルスの名は元々スペイン語なんですね。このアメリカ西海岸地区は、元々は勿論インディアンの持ち物でしたが、スペインが占領後メキシコとして独立、そしてアメリカ領になるんです。依ってスペイン語圏でもありまして、ロス・アンヘル、天使の街と呼ばれていたのが英語風にロサンジェルス、という名と成りました。

名は体を表す、とはよく言ったものなんですが、その名前に釣り合わない事も往々にしてありますよね。僕の名は崇、それでも悲しい事にちっとも崇拝されません、寧ろ祟られたりして…グッスン…。冗談はさておき、世の東西を問わず、土地の命名って、移住した人達が、かってのルーツの地の名を付ける事が本当に多いんですよね。例えばニューヨークは、イングランドの王様の名前から来ています。音楽と観光の街、ニューオリンズは、フランスの王様の名なんですよ。オーストラリアのシドニーやメルボルン、これまた同様にイングランドの貴族や王族に因んだ名前であります。所謂コンキスタドール、征服者達の心理って、万国共通なのかなあ、そう痛感するんですが、本邦に目を向けましょう。僕、市の名前を失念してしまって申し訳無いんですが、福岡の郊外、筑豊の方だったと思います。この市には、山や川や街がありますが、その50以上の名前が、そっくりそのまま同じに、大阪にあるんですね。例えば、佐藤川があり田中町があり鈴木山があり、東西南北の位置関係も全く同じなんですよ。此れ、偶然の一致とはとても思えませんで、どう考えても、九州の一族が関西に移住或いは征服、そして父祖の地の名をそのまま付けたんでしょうね~。古代史の話になって恐縮ですが、弥生時代に、日本では倭国大乱と呼ばれる大規模な内戦がありまして、其れを卑弥呼が統一するんですね。卑弥呼は九州や中国四国を統べていましたから、戦乱を避けた民が、遠く大阪の地に逃げ、其処に故郷の名を残したのかもしれません。

こういう事を書きますと、言霊信仰か、と鼻で笑われそうですが、やはり命名って大事と思います。ですから僕、所謂キラキラネームとか、新しい地名って、どうも性に合いませんねえ。かって、名古屋の方で、市町村合併の際に、新市名が南セントレア市と名付けられ、大騒ぎになりましたよね。批判が殺到、流石に取り下げて事無きを得ましたけれど、昔の人達が付けた名前には、夫々きちんと意味がある訳で、其れは、その地名の由来や歴史を後世に残す意図もあったと思います。僕、イングランド、というよりアングロサクソンは大嫌いですけれど、ケンブリッジでもノッティンガムでもサウザンプトンでも、由緒ある伝統ある名を変えるという案なぞ、決して出ない処は尊敬出来ますよ。

さてさて、僕達にやはり馴染みが深いと言えば、都内の地下鉄の駅名でしょう。此れ、意外と何故その名前なのか、知られていないんですよね。実は僕、鉄道好きでもありまして、都内出張の折には、駅名のアナウンスを聞く度に、脳内では昔にタイム・スリップして、独り密かに楽しんでいるという按配なんですよ。ハッ、結構言われるんですが、僕、もしかして変人ですか!?

僕が最も利用する事が多いのは半蔵門線ですが、この沿線の駅名から行きましょう。半蔵門は、漫画「忍者ハットリ君」「半蔵の門」で有名な服部半蔵から来ています。八重洲、有楽町は人名から。神田の神保町、青山一丁目、淡路町は大名のお屋敷があった処。永田町は、永田という旗本が多数住んでいた町。御徒町も同様でして、将軍を守るお侍を御徒組と呼んでいまして、彼らが住む街であります。赤坂見附の見附とは、外敵に備える警備上の城門です。溜池山王は読んで字の如し、上水用の溜池ですね。笑っちゃうのは六本木です。最もお洒落でクールなスポット、というイメージじゃないですか。ところがこの一帯には、青木やら一柳、片桐に高木等々、木に関連する名前の大名屋敷が多くあったんですね。其れで六本木って、殆ど駄洒落の様な命名でして、其れがねえ、数世紀経つと、その由来も忘れ去られ、お洒落スポットになるんですもんね。麻布十番は、此の地域の川が十番目に工事された意味です。高田馬場、駒込、小伝馬町、馬喰町は、何れも軍用の馬に因んだ地域ですね。霞ヶ関は古事記の時代から続く由緒正しい名でして、「関所から雲霞を隔てた遥か彼方まで見える」という訳です。また、僕は詳しくないので何とも言えませんが、江戸の都は、元々は寒村でありまして、開発された都市なんですね。徳川家康が都市計画を練った際、風水は勿論の事、古代中国の思想も取り入れた事は間違いありません。中国では、四神相応と言いまして、4つの神が都市を守るという考えなんですね。即ち、青龍、朱雀、百虎、玄武が東西南北に配置されるんですよ。どうやら其れを意識して、日本流にアレンジした名残が、虎ノ門、という地名なんですね。そしてね、僕、此れは決して変えてはいけない地名と思いますのが、秋葉原と上野の直ぐお隣の末広町です。秋葉原とは、明治の御代に大火事が発生したのですけれど、鎮火の神様として、秋葉権現の神社が出来ました。其処から秋葉原、の名が付いたんですね。そして、銀座線上野広小路駅の次が末広駅です。明治の初め、東京は先の大火があり、上野の山に立て籠もる幕府軍と、西郷隆盛率いる官軍が戦争を行い、人心は荒むばかりでした。上野近辺は特に被害が大きかったんですね。其処で、火事や戦災に負けぬ様、末広がりの幸せと、という意味の末広町なんです。先の南セントレア市なんて、「中部国際空港が出来たから、セントラル・エアーを併せてセントレア」という事らしいんですよ。トホホ…。江戸時代と較べて、「アベノミクス」「戦後レジームからの脱却」「トリクルダウン」「ホワイトカラーエクゼンプション」「アジア・ゲートウェイ構想」「アジアの民主主義セキュリティダイアモンド構想」、此れ、全て現総理のお言葉ですが、その発想の貧困さには恐れ入ります…。大体ね、英語にコンプレックスでもあるのか、やたらと難しい英単語を使いたがる奴って、大概馬鹿でしょ。お前さあ、日本人なんだから、きちんとした日本語喋れよ!

今日もまた趣味の話が爆発気味で恐縮でした。よおしでは、♪汽笛一斉新橋を はや我汽車は離れたり♪、今日も頑張ります!
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