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まっすぐな道でさみしい

おはようございます。昨夜の空は不気味な感じで、深い紅と言いますか、黒く厚い雨雲に赤みが差し、日頃余り見た事の無い色で、天変地異の前触れか、なんて思ったりしましたが、無事に朝が来て良かったです。大分は台風の被害は左程無かった様ですね。今朝、犬を散歩している際に、強い風雨のせいで樹木が生き物の様に蠢き、風で運ばれて来た様々な物が路上に散乱し、少々恐ろしい感じがしました。大自然の前には人間なんてちっぽけなものですね。

昨夜は、知り合いの方から、自家製の大蒜と唐辛子の醤油漬けにラッキョウの漬物を頂きました。これだけ食べる訳にもいかないので、何か生鮮食品を、出来れば夏野菜が欲しいなあ、と思い、スーパーマーケットに暫し立ち寄ったんですが、ほうれん草にしてもキャベツにしても茄子にしても、売り切れて大きく空いた棚と大量に売れ残っている物が混在していて、不思議に思って見てみたんです。すると、売れた棚は地元の物であったり九州産の値札が掛かっていて、売れ残っている物は関東産や東北産でした。政府は、「風評被害だ。東北産のものを食べよう。すぐに人体に影響は出ない。」なんてプロパガンダめいた事をテレビを使ってやっている様ですが、無駄だなあ、と痛感しました。消費者が、政府の情報を全く信用してないって事ですよね。それが昨日のスーパーの野菜の陳列棚に如実に表れていました。偉そうにコメントしている政府高官やニュースキャスターの連中やマスコミの奴らは、物事の本質、実体を見て欲しいですね。こういう姿勢を、机上の空論、と言います。

今朝、病院に来る途中、草木が風にたなびく様子を見て感じたのが、古来から日本人は四季を愛で、花鳥風月を友とし、この島国で暮らしてきたんだなあ、という事でした。強風や嵐1つとっても俳句の世界では季語が沢山ある訳です。青嵐、即ち青葉の頃吹き渡る南風、という意味ですし、黒南風(くろはえ)は、入梅の頃に黒雲を伴う風で天が暗くなる意、白南風(しろはえ)は、梅雨明けに白い雲が湧く頃に吹く風という言葉です。その他にも、卯の花腐し、筍流し、青時雨、虎が雨、走梅雨、油照、御祭風、雲海、朝凪…、夏の自然を扱った季語だけでも数えきれない程です。どれをとっても美しい日本語なんですが、中でも麦秋、なんてとてもビビッドでリリカルな素晴らしい言葉と思います。麦の刈り入れ時は夏ですが、まるで秋の様に麦畑が黄金色に熟れて風に揺れている、という意味ですよね。う~ん、日本語は世界一繊細で綺麗な言葉ですね(^^)。

俳句--HAIKU--程、世界中で受け入れられている文藝は無いと言っても過言ではありません。英語圏の国々は勿論の事、欧州各国の殆ど、中南米、インド、ロシア、中国でも人気があり、ブラジルや台湾では日本語で俳句をたしなむ俳人も多くいます。1950年代から60年代にかけて、全米を席巻し、世界的な影響を与えた、ビート・ジェネレーションと呼ばれる文学活動がありました。バロウズ、ケルアック、ギンズバーグ、といった著名な文学者が強い影響を受けた、とこぞって賞賛したもの、それは、HAIKU、だったのです。バロウズの代表作「裸のランチ」は、シュールで難解、ただし強烈なイメージを残す書ですが、この本を愛し、片時も放さなかった少年がいました。彼の名は、カート・コバーン、世界中で人気のあったニルヴァーナというロックバンドのリーダーです。室町時代に生まれた俳句、というスタイルが、何百年の時を経て、世界中で愛され、アメリカ文学に強い影響を与え、ロックバンドがその文学を読んで歌詞を書き、それを平成の日本の若者が聴いている、という文化の伝播って本当に面白いですよね。

目に青葉 山ほととぎす 初かつお   素堂

涼風の 曲がりくねって 来たりけり   一茶

五月雨や 大河を前に 家ニ軒     蕪村

夏の俳句で有名なものをご紹介しましたが、僕、最も好むのは、山頭火なんです。

日さかりの お地蔵様の顔がにこにこ

さて、どちらに行かう 風が吹く

いつも一人で赤とんぼ

まっすぐな道でさみしい

酔うてこほろぎと寝ていたよ

てふてふ うらからおもてへ ひらひら

この山頭火、生家は破産、妻も子も棄て、出家得度し、放浪の俳人として全国を廻り、酒と旅と自由をこよなく愛し、57歳で松山にて客死しました。ムーミンに登場するスナフキン、奥田民生「さすらい」の歌詞を地で行った俳人と言えましょう。この季語を含めない、所謂自由律俳句と呼ばれるものなんですが、山頭火と並ぶ存在として尾崎放哉が挙げられます。

咳をしても一人

いれものがない 両手で受ける

一人の道が暮れて来た

如何でしょうか。放哉の方がニヒルで人を受け付けない感があり、その代わりハッとさせる切れがある様に思います。もしかすると才は放哉が上かもしれませんが、僕、断然、山頭火の大らかさ、天衣無縫さ、絶望の中の明るさを好みます。面白い事に、世界的に人気があるのは芭蕉でも一茶でも無く、山頭火なんですよ。松尾芭蕉も優れた俳句の才能のみならず、実は忍者じゃないかという説もあり、水も滴る程の美男ながら前科者の弟子をかくまって駆け落ち旅行までしてしまう男色家の放蕩者、彼の足跡も非常に面白いのですが、それは又の機会に。さて、その山頭火は、長い放浪の途中、大分県の国東半島にも立ち寄っています。国東と言えば六郷満山、即ちこの一帯の多くの寺院の総称でありまして、七万体の仏像が鎮座している聖地でもあります。全国八幡宮の総本山宇佐神宮に、臼杵の石仏、そして日田英彦山は、山岳信仰で知られた日本有数の修験道の霊場ですから、古の時代、大分県は現代風に言いますと、一大パワースポットであり、キリスト教のエルサレム、イスラム教のメッカ、チベット仏教のラサの様な聖地だったのではないでしょうか。閑話休題、話を戻しまして、今年の夏は俳人の旅路を追い、国東に残された句碑を見て、山頂で涼みながら山頭火を追悼し冷えたビールを飲むのも悪くは無いかな、と思っています(^^)。山頭火の句、分け入っても分け入っても 青い山、の気分が少しでも味わえるかもしれませんね。

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