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杯の殿様

ええ~、お足元の悪い中、毎度毎度のお運び、本当にありがとうございますm(__)m。皆様より少々高い位置、高座から失礼ではありますが、これこうして深々と頭を下げまして、御礼を申します。毎度毎度、詰まらない話でお耳汚しをしまして恐縮至極、本当にありがとうございます…。

どんな短い生涯にも春秋はある、四十にして天命を知る、なんてえ申しますが、折角のねえ、高座なんですが、今日はお悔みから入らせて頂きます。ついこの間の熱狂が嘘の様ですが、終わったばかりのラグビー・ワールドカップ、王者ニュージーランドの優勝で終わりましたのは、皆様夙にご存じの通りでございましょう。いえね、あたくし、昔っからのラグビー・ファンでございまして、日本代表とオールブラックスを応援し続けて早数十年、今回のワールドカップは嬉しい限りでござんした。五郎丸君、良くやった!FW陣もリーチキャプテンを筆頭に、堀江選手も均ちゃんも、おっと忘れちゃいけない、トンプソン・ルークの大活躍。断じて行えば鬼神も此れを避く、いやあ、気分爽快でしたねえ。そして、ニュージーランド代表の優勝で大団円を迎えましたが、其れを見守った後、ひっそりと、かっての大スターがお亡くなりになりました。元ニュージーランド代表、ジョナ・ロムー、享年40歳。お客様も、ご一緒に暫し瞑目と黙祷を捧げて下されば幸いでございます。此のロムー選手、ラグビー界を代表するスターでございまして、196㌢115㌔の巨漢でありながら100㍍を10秒台で走る韋駄天、相手方は2人でタックルしないと止まらないんですから、付いた綽名が、フライング・エレファント、空飛ぶ象ってんですから堪りませんや。ワールドカップでは通算15トライ、此の記録は未だ破られておりません。あたくし、彼のプレイを見て、何時も血沸き肉躍ったものでございました。残念な事に、腎臓を患い、全盛期は短かったのですけれど、フィールド上での彼は、将に王様でありキングの風格があり、威風堂々の言葉が似あいました。謹んでご冥福をお祈り致します。

ロムー選手は、フィールド上では、将に王様でしたが、此れを日本に当てはめますてえと、やっぱりお大名になるんですかねえ…。お大名なんて大変呑気なもの、良い着物を着て、旨い物を喰って、ゴロゴロ寝てんじゃねえか、此れは所謂下種の勘繰りでありましょう。まるで馬鹿扱いされる事も多うございますが、仮にも一国一城の主でございまして、そんな筈はございませんな。昔の言葉で西海道、現在ならば九州ですが、大分県は豊後の国に、蜷木達稔というお殿様がおりました。このご仁、決して悪い殿様では無いんですが、何せ怠け者なんですな。武張った事は少々苦手、それよりもお酒と花鳥風月を愛で、時に「こいこい!」と花を引き、若く美しい腰元をからかっている方が性に合う性格、家来どもは非常に困ってたんですな。お大名と申しましても、日がな一日遊んでいる訳じゃあござんせん。「本日は、剣術のお稽古でございます。殿、何卒道場へお出ましを…」、家来にそう言われて、お大名であり侍たる者、俺は剣術なぞ大嫌いじゃ、なぞ、とても言えませんわな。困った達稔、「余は病気である…」「ハハーッ」。こりゃあ良い手を思い付いたと気付いたんでしょう、「今日は、弓のお稽古でございます。殿、何卒道場へお出ましを…」「余は病気である」「ハハーッ」。「今朝は、馬術のお稽古でございます。」「余は病気である」「ヘヘーッ」。嫌な事はみぃんな病気で片付けちまう。まァ、病気といった手前もありまして、喜んで遊び歩く訳にも参りません。仕方がありませんから、床の間に入って、じいっとしてるんですな。元来が陽気で遊び好きな達稔ですから、暗い中で一人ぼっちで、気が滅入って仕方が無い。こうなりますてえと、益々扱いにくい、とは言ってもご主君であり、お殿様ですから、何とかしなくちゃなんない。何せ大藩ですから、知恵者が居るんですな。殿様お気に入りに茶坊主に、「此れを見せてみよ。殿のお病気も治るかもしれぬ。」、渡しましたのは、絵師歌川豊国描く処の、吉原の花魁、華扇の錦絵でございました。

「華扇なるこの様な美人、絵だけの事であろう。実際にはおる筈が無い。」「ハハーッ」「時に、我が家は、物事は何事も現地で確かめるべし、というのが家訓である。農民が苦しむのを知れば、実際に田畑を見て援助をする。商家が商いに困れば、実際に市場を見て助言をする。彼の吉原なる処、本当にこの様な女がおるか否か、確かめねばなるまい!」「ヘヘーツ」。どうも何だか、変な方向に話が進みましたが、何せ大大名ですから、槍、鉄砲、薙刀まで揃えまして大名行列と相成ります。下に~、下に~、の掛け声が掛かりまして、いざ出陣、目指せ吉原、総勢500人を超すお侍がお供致しました。お茶屋に入りますと、女将が平伏しております。満面の笑みの達稔殿、その廻りには、血相を変えた若侍どもが、刀に手を掛けて取り囲んでおります。もし、殿様に無礼を働く様な女人が居れば、一刀の元に切り捨てん、てな按配なんですな。誠に物騒な吉原見物もあったものでございます。さて、花魁道中が始まりまして、何れも、贅を尽くした豪華絢爛な着物を来た花魁達が、禿に新造達の家来衆を打ち従えて、静々と続々と出て参ります。そうですなあ、今で申しますと、ディズニー・ランドのエレクトリカル・パレードの様な物でしょうか。と、伊達兵庫の髪、珊瑚や鼈甲の多くの簪、花簪、金銀の打掛、金襴緞子の帯、馥郁たる薫りは伽羅か麝香か白檀か、切れ長の瞳に柳腰の花魁が、お殿様をチラリと流し目、妖艶に微笑みました。殿は将に一目惚れ、「ううむ、あの錦絵は本当であったか!あれぞ正しく華扇!苦しゅうない、近う寄れ…。」カラスカァと啼いて夜が明けまして、付き添いの侍ども500名も、欠伸を連発しながら、吉原の路上で徹夜で待機であります。恐る恐る家老が殿の寝床の元に参りまして、「殿、そろそろお帰りを…。もうお病気も快癒されたかと…。」「ううむ、仕方があるまい」「殿、殿、また来てくんなんし…♡」「「うむ、仕方あるまい…♡」てな訳で、すっかり元気になった達稔殿でございました。

惚れて通えば千里も一里、兎に角、達稔殿は、華扇に逢いたくて仕方が無いんですな。吉原行きの翌日、家老を呼びまして、「かの華扇だがのう、初めて吉原に行くのを初回、二度目に参るのを裏を返すと教えてくれたのじゃ。初回に参り、裏を返さぬは、その客の恥とか。我が家の家訓を覚えておるのう?我が先祖は、戦において、未だかって敵に後ろを見せた事は無いと申す。我が代になり、たかが女人に後ろを見せるは無念極まりない…。また、ご先祖様に申し訳が立たぬ。蜷木家の、武士の誇りと意気地を見せねばなるまい、今宵も参るぞ、馬を引けい!」、確か達稔殿、お馬は苦手だった筈ですし、とんだ先祖孝行もあったものですが、家中は皆、心配しておりました。「あれが真の傾城の女じゃ、城を傾ける女とはよくいった物、如何にかならぬものか…」「皆の者、心配には及ばん、殿はあの女人とはもう逢えぬわ」「ええっ、家老どの、その様な妙案が!?」「何、もう直ぐに参勤交代じゃ、豊後へ帰らねばならぬわ。」「成程!」、一同、此れですっかり安堵致しました。

そうとも知らず、達稔殿は、日夜華扇の処に入り浸りでしたが、「何か大事な事を忘れておる気がする」、久方振りに屋敷に戻りますと、家臣は皆、参勤交代の準備、引っ越しの用意で大わらわ、「うう、そうであった…。華扇に最後の別れをせねばならぬ…。馬を引けい!」、その夜は、金銀小判をうず高く積みまして、其れを別れのはなむけとしたんですな。そして、百匹の亀と鶴を描いた七合入りの杯で一献酌み交わし、後朝の別れを惜しみながら、月は東へ日は西へ、2人は江戸と豊後に離れてしまいました。

達稔殿、故郷のお城に落ち着いても、華扇の事がちっとも忘れられないんですな。家中の韋駄天、先のロムー選手の様な侍を呼び、先の大振りの杯になみなみと酒を注ぎ、一息で飲み干し、「華扇に杯を届け、返杯を貰って来てくれい…。頼む…。」、と命じたんですな。豊後から江戸までは三百里、1200㌔ですが、殿様から言われれば、行くしかありません。侍は、雲煙万里の遥か彼方の江戸を目指し、走りに走り、華扇に杯を届けます。「そんな心づかいをなさりんす、嬉しゅうありんす…」と、一息で飲み干しまして、「殿のご返杯が欲しゅうありんす…」、エエッ、三百里をまた往復!?しかしまあ侍ですから、慌てて豊後に戻るんですな。その途中、東北から来た大名行列に出くわします。やけに大振りな盃を見た、秋田の殿様、興味を覚えかくかく云々、事情を聞きまして、「ううむ、大名の遊びはかくありたし。そちの主人にあやかりたい!達稔殿とは一度酒を酌み交わしたいものじゃ。」と杯を借りまして、一気に飲み干したんですな。ほうほうの体で豊後に辿り着いた侍は、事の顛末を達稔殿に伝えた処、「ううむ、侍は侍を知る、秋田の殿は見事な方じゃ!もう一献差し上げて参れ!」

三遊亭圓生師匠十八番の大ネタ、「杯の殿様」の一席でございました…。ありがとうございました、ありがとうございました、ありがとうございました、お足元が悪いですから、どうぞお帰りはお気に付けになって…。明日また此の高座でお会いしましょうm(__)m。
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