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国に法令多きは恥の基なり

どうもねえ、やる気が出ないんですよね~。長引いている風邪の所為か、はたまた湿気の多いお天気が気分を悪くしているのか、鬱陶しい有象無象が原因か、まァ全てが重なっているんでしょうが、何か楽しい事ないかなあ。最近は、面白そうな映画も中々掛かりませんし、やっぱりねえ、話題作は、クリスマスや新年に公開を予定してますもんね。ロッキーの続編もスター・ウォーズも007も、皆年末ですもん。それにしても、先日僕、瀬戸内海を跳梁跋扈した海賊の末裔である、旧知のMさんと食事をする機会があったのですけれど、007は行きたいね~、と意見が合いました。今回のボンド・ガールのモニカ・ベルッチさんは、御年51歳なんですが、とてもそうは見えません。確かお子さんが2人居たと思うんですが、4か国語を話せる才媛であり、そしてグラマラスで妖艶、かつ端麗な容姿でして、付いた綽名が「イタリアの宝石」なんです。そりゃあ、ジェームス・ボンドもメロメロになるのが納得のキャスティングでして、未見の方は、是非YOU TUBEで予告編をご確認下さい。

美女を喩に出して、無理にテンションを上げているんですが、気分が優れない、もう1つの理由を思い出しました。其れは、民主党の余りの不甲斐無さです。前原と細野、共に国務大臣も務めた民主党の中堅議員ですが、「党を解党して、維新の党と一緒になろう」と岡田党首に訴えたそうなんですね。前原は、現在は党の役職には就いていない訳で、一般会社で言えば平社員です。其れがね、年長者でもある岡田代表に向かって、「今の会社は畳んで、新しい会社と合併しましょう」と、いけしゃあしゃあと言ってるんですね。案の定、岡田党首に一刀両断に断られてまして、失笑しました。そして、細野は、民主党の政策調査会長という役職にあり、謂わば重役です。其れが、特に瑕疵の無い社長に辞めろと言っている訳で、この細野と前原、分かっていた事ですけれど、本当に一般常識の無い、社会ではとても通用しない連中です。そして、維新の党のカウンター・パートになっているのが、常に上から目線、政界で何の実績も無い、江田憲司でしょ…。これではまるで、幼稚園の砂場遊び、赤ん坊のおままごとです。砂場にこっそり落とし穴を掘っちゃうぞ!?将にガバナンスとインテリジェンスとコモン・センスの欠如でありまして、最早民主党は政党の体を成していませんね。吃驚しましたのは、この期に及んで、「小沢さんが党首の時は良かった。何とかしてくれた。」ですって。もう空いた口が塞がりませんよ。冤罪だった小沢さんをちっとも庇わず、後ろから鉄砲を打ちかけ、石を以って追っておきながら掌返し、人間性を疑う呆れ果てた発言です。でもね、こういう輩って、案外居るものなんですよね。今の時期は三寒四温ですが、朝令暮改と申しますか、自分の言った事がコロコロ変わる人って居ますよね。其れもね、始末が悪いのが、その場の状況のみで判断するものですから、悪気は無いんでしょうが、意見がドンドン変わる訳です。しかも、其れを周囲に何も説明しないものですから、廻りの人は訳が分かりません。呆れ果ててしまい、徒に消耗を強いられるばかり、お山の大将我一人、気付けば、後ろには誰も居ないんですよね…。

どうもね、現在の安倍総理もそんな雰囲気でして、もう誰も、彼に諫言や忠告をしてくれる人が居ない気がしてなりません。マイナンバー制にせよ、消費税にせよ、特定秘密保護法も安全保障法案も、極めて強権的かつ高圧的、国民を締め付ける様な施策でしょ。あからさまな監視社会であり、息が詰まる思いがしますし、こんな阿呆な独裁者は真っ平ご免、僕は彼の様なタイプとはとても付き合えませんね~。

さて、時をぐっと遡りまして、暴れん坊将軍吉宗公が、海辺をお馬で走っている時代の事です。八代将軍吉宗公は、「このままでは幕府の財政が破綻する」として、享保の改革を推し進めたんですね。小石川養生所--無料の病院ですね--の設立に目安箱の設置、火消し組に天文台を新設、飢饉に備えて薩摩芋や薬草や桃の栽培を奨励、欧米の学問を推奨、地図の作成に人口調査等々、見るべき施策も多くありました。只、全面的に成功だったかと問われれば、其れは極めて微妙なんですよね。と言いますのも、この政策を実現する為、非常に重税を課してしまい、農民の生活は苦しくなるばかりでした。そして、何事にも倹約第一、お祭りや芝居は廃止、出版統制や各種取締りを行ったんですね。潤ったのは幕府のみ、何せ異論反論は認めませんから、非常に風通しの悪い、住みにくい社会だったのでは、という皮肉な見方もあるぐらいです。実際、実体経済は冷え込んでしまい、一揆も頻発していますし、経済の活性化、消費の促進という意味では、上手く行かなかった様です。

その、謂わば平成の今にも似た、閉塞的な状況下で、日本で唯一、名古屋だけは空前の活況を呈していました。将軍吉宗公と同様、徳川御三家の尾張藩徳川宗春公が、其の名古屋を治めていたんですね。宗春公の施策は、吉宗公のアンチテーゼでありまして全くの正反対、「庶民の活気の無い処には発展は無い」という考えでした。お祭りや芝居を奨励し大々的に大掛かりに開催、此れが手始めだったんですね。女性や子供でも夜に出歩ける様、提灯を城下に沢山設置、そしてありとあらゆる様々な商行為を認めました。江戸幕府は緊縮財政策、宗春公の名古屋は規制緩和の自由主義経済、という訳です。その結果、名古屋は史上空前の好景気となります。当時の狂歌に、「名古屋の繁栄に 京(興)が冷めた」と詠われたそうで、歌舞伎の常設劇場が14もあったそうでして、其れを目当てに様々な商店も増え、大成功を収めました。またねえ、宗春公が良い事を言ってるんですよ。「国に法令多きは恥の基なり。諸令多くなれば、破る者また多し。法令多く過ぐれば、人のこころいさみ--活発さと訳して良い様です--なく、狭くいじけ、道を歩くに後光を見まわす。」ですって!

でもねえ、空前の大成果を収めたんですが、今も昔も国家権力は決して侮れません。幕府からすれば、己の政策を全面否定され、しかもそれが大成功、庶民も皆こぞって喜んでいるなんて、面子丸潰れであります。尾張藩の家老達を江戸に呼び寄せ、無理矢理な理屈を付け、宗春公を隠居謹慎に追い込むのでした…。其れも、外出すら一切させないという過酷なものでして、宗春公は失意のうちに亡くなるのですけれど、其のお墓にも、金網を厳重に被せたとか。その罪?が許されるのは、死後76年が経ってからというんですから、げに恐ろしきは男の嫉妬ですよねえ…。僕は残念ながら全く違いますが、モテる男性は、モテない人達のジェラシーには要注意でありましょう。

さて、どうやらお天気は下り坂の由、何だか気分も晴れませんが、皆様、素敵な週末をお過ごし下さいね~。もう僕、これからいっそ、映画でも行こうかしらん!?それでは又来週、お会いしましょう!
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