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☆ 男の星座 ★

立秋や 雲の上ゆく 雲とほく、朝夕は少し冷ややかになって来た様に思いますけれど、読者の皆様、週末は如何お過ごしでしたか?今日は出張前に週明けが重なり、雑事が多く、拙ブログの更新が少々遅れてしまいました、大変失礼致しましたm(__)m。さて僕、金曜日には久方振りに親友のMさんと一献酌み交わしたんですが、バーに立ち寄ったその折、「アンタ未だ『セッション』見てないんすか!」と大層叱られまして、日曜日、早速劇場へと足を運びました。シネマ5という大分のミニ・シアターで、1日1回きりの上映の割には中々の入り、何故か国会議員まで居たりして、口コミでジワジワと人気が出ただけあるんだなァと感心しました。

さて、この「セッション」、傑作でした♪先ずは粗筋を簡単に述べますと、音楽大学にジャズ・ドラマー志望の若者が入学、其処で学内一のバンドのメンバーに抜擢されるんですね。ところが、バンドを仕切るのは常軌を逸した鬼教授でありまして、体罰や差別用語の連発は当たり前、下手な演奏をすれば椅子を投げられビンタの連発という有り様、精神を壊される程のシゴキに合うのです。生徒VS教師の息詰まるせめぎ合い、はてさてどうなります事やら…、というお話なんですね。演出も達者、ラスト20分のシークエンスは、ここ最近では見られない緊迫感のある物で、あ~、書きたいけど未見の方の為に書けないよう!劇中の音楽は、今時珍しい、ビッグ・バンド編成のジャズがたっぷり堪能出来ます。ロウ・バジェット、低予算の割には編集はスピーディでタイト、疾走感がありグルーヴィ、見応えがありましたねえ。そして、監督さんのデイミアン・チャゼルは弱冠28歳の由、大器の資質は充分、これからが楽しみであります。生徒役のマイルズ・テラーも、「ファンタスティック・フォー」を始め、大作の出演が幾つか決まっており、若手の逸材と言えましょう。只、圧巻でしたのは、何と言ってもエキセントリックな鬼教授を演じた、J・K・シモンズであります。この人、スパイダーマン・シリーズやジュノ、ジェニファーズ・ボディにターミネーターの諸作品に出ていますから、確かに見覚えがありました。何時もの役柄ですと、割と抑え目、渋い演技派でして、バイ・プレイヤーの印象が強かったんですが、本作では将に水を得た魚、狂気が全面に出ており、声も腹から出てましたねえ。流石はブロードウェーの舞台で鍛え抜かれただけの事はありました。

この教授の、人格や人権を無視した指導は、「天才」を造る為の物なんですよね。教授本人は決して天才性は無く、劇中ピアノを弾くシークエンスがありますけれど、至って平凡でありました。自分には天才を見分ける審美眼がある、天才を育てる事によって天才を超える、何だかモーツアルトとサリエリの様な心理であります。それがとんでもないスパルタへと結び付くんですが、僕、其処が先ずは疑問だったんですよ。天才なんて、造ろうと思って出来るものではありません。手塚治虫先生にせよ、モーツアルトにせよ、ジミ・ヘンドリックスにせよ、ストーリーなりメロディなりフレーズが勝手に湧き出て来て、それを表現しないと苦しい!というレベルでしょ。鍛えればどうにかなる、という訳ではありませんよね~。しかも彼らは創作の苦しみというよりも楽しみでありまして、締切の切迫感はあるにせよ、手塚先生なんて、眠るのは1日数時間、後はひたすら漫画を描きまくる生活を何十年、ですもん。手塚先生の生涯で書いた原稿は15万枚、全集は400冊、質と量が伴うのが天才である、僕、そう思えてなりません。

僕、心理や精神科のアカデミックな教育を受けていません。所詮法学部卒の人間ですから、当たっていないかもしれませんが、本作の主題は割と類型的、典型的な物でして、所謂エディプス・コンプレックス、男の子が父親を超えようとするお話なんですね。即ち、鬼教授=父親=理不尽な実社会、という按配でしょう。それを乗り越えて初めて、青年は本物の大人となり、真の自立を得る、という訳です。非常に現代的に思いましたのは、劇中、実父も出て来るんですが、これが非常に女性的な描き方でして、ハハア、これは母親っていう事なんだと合点が行きまして、映画の中で、疑似家族的な役割分担がきちんと出来ており、未だ若いのに、大した監督さんです。

総括しますと、昔からある、父親を超える息子の話に、ハバネロや山椒や七味に山葵を利かせ、激辛かつ現代的な味付けをした感がありました。でもね、僕達日本人に抵抗無くこの映画が受け入れられたのもさもありなん、という気がするんです。だってね、この映画、音楽版「巨人の星」ですもん。という訳で、今日はそのメガ・ヒット漫画の原作者である、梶原一騎先生のお話を少々。

梶原先生は熊本の産、幼少時に東京に移り住むも、血の気の多い性格で喧嘩三昧、学校は中退であります。元々は作家を目指していたのですが、漫画の原作が大当たり、日本一の原作者として、脚光を浴びます。「柔道一直線」「タイガーマスク」「あしたのジョー」「巨人の星」…、まあ、現在の漫画家さんが束になってかかっても勝てない程のヒット作ばかり、ところが禍福は糾える縄の如し、女性スキャンダルや暴力事件に巻き込まれ拘留、名声は地に落ちます。重病にもなり、寂しく亡くなるのですが、これだけのヒット作を出した先生ですから、死後は再評価の声も高くなった、という処でしょうか。

僕、梶原先生のヒット作を解読する鍵は、父君との関係にある、そう思えてならないんです。梶原先生のお父さんは、生前は文芸雑誌の花形編集長でありまして、担当したのが谷崎潤一郎、太宰治、吉川英治と言いますから、こりゃあ凄いもんです。そうそう、坂本龍一のお父さんも同様でして、三島由紀夫のデビュー作を担当したんですから、これまた大物でありましょう。話を戻しまして、梶原先生のお父さんは明治の男、士族の出だったそうで、侍ですよね。そういうバック・ボーンがある訳ですから、梶原先生が幾ら漫画で大成功しようと、何1つ認めないんですね。おまけに、当時は小説と漫画と言えば、正直な処、格が全く違うと思われていた訳で、社会的には大成功なのに父からは認められない梶原先生の苦悩、心中察するに余りあります…。何だか僕、他人事とは思えない気が…。ですからね、先に挙げた諸作品、「タイガーマスク」「巨人の星」「あしたのジョー」、主人公は常に強大な物=父親に挑み、それを超えた時点で、死なり失踪なり灰になる、そういう話ばかりなんですよね。即ち、タイガーマスクである伊達直人も、星飛雄馬も、矢吹丈も、全てハッピー・エンドではありません。僕、此処まで書いていて、何だか切なくなりましたよ。梶原先生は、ずっとずっと、大きな存在である父親を超えようと頑張って来たんだなあって。後期の大ヒット作、「空手バカ一代」から始まって、「カラテ地獄変」への流れも、空手界の巨人である大山倍達を超えるという、同様のお話と言えましょう。ですから、梶原漫画の大ヒットの理由、それは簡単ですよね。読者の少年や青年達も、何れは父親=社会に出て勝ち抜かねばならない、それを梶原漫画は、生き生きとビビッドにカッコ良く描いているんですから、売れない筈がありません。

しかしね、最近の日本男児が、どうも未成熟で女々しく弱々しいのは、乗り越えるべき頑固親父の不在、そういう事になるんですかねえ!?よおし、僕、男子職員に対し、滅茶苦茶厳しいスパルタ教育に方針変更しようかなあ、って、スタッフの皆さん、勿論冗談ですよ~!
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