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✈ 雲の墓標 ✈

読者の皆様、おはようございます。暑さの所為か、昨日の深夜に目が醒めまして、暫く起きていたんですが、つい枕頭にあった書を手に取ったのが失敗でした。思わず、暫しの間読み耽ってしまいまして、今日はやや寝不足気味であります。その書は、松本清張先生の「彩り河」でありまして、これ、夜の銀座を舞台に繰り広げられる、痴情と陰謀、財界を巡る闇の動き、そして連続殺人、というお話なんですね。「彩り河」は、かって読んだ事はあるのですが、優れたサスペンスであり、驚愕のラストなのですけれど、一種の花柳界の小説とも言えまして、夜の蝶達、綺麗なお姉さん方を狙う男達の動きも、ふんだんに描かれています。微苦笑しますのは、清張先生、本作の取材という名目で、盛んに銀座に出入りしたそうなんですが、全くモテなかったそうなんですね。通常の花柳小説ですと、そうですねえ、例えば、永井荷風に吉行淳之介、里見弴に船橋聖一、丹羽文雄に志賀直哉等々、夫々の先生方の書かれた物って、大概が、ご自身が大層おモテになられたご経験を綴っているんです。皆さん、良い家のお坊ちゃんで容姿や資産に恵まれ、海外留学の経験もある、高学歴のインテリ揃いです。ところが、清張先生はそれと真逆でありまして、容姿に恵まれず、極貧故に小学校卒、共産党関係の本を1冊持っていた為に拘置所に長期間留置されたり、軍隊に取られイジメを受け、社会人になってからは大卒から執拗に嫌がらせをされたり、兎に角悲惨な前半生なんですよね。ですから、モテない側からのルサンチマンでありまして、どす黒い嫉妬の視点と申しますか、モテる人への悪意が満ち満ちておりまして、其処が逆に面白かったりするんです。そして、お話の中で、色白でグラマーな銀座のママさんが颯爽と登場するんですが、映画館に居たらいきなり後ろから絞殺ですもんね…。あ、読者の皆さん、松本清張先生の本を読まれる際、色白グラマーの美人が出て来たら、100㌫に近い確率で殺されますから、覚えておいて下さいね~。因みに、大人気のマーベル社の出すアメリカン・コミックでは、科学者や物理学者が世紀の大実験をしますが、これもかなりの高確率で大失敗をします。さて、これ、僕の推測ですが、清張先生、お若い頃に、そういうタイプの人に、何度もこっぴどくフラれたんじゃないかなあ…。色白グラマーの美人なんて、魅力的で素敵なのにねえ…。

何かの胸騒ぎがしたのか、どうも僕、寝付きが悪く、気付くと空が白んでいまして、ええい仕方が無い、眠い目をこすりこすり、犬の散歩に出まして、携帯のiモードでニュースを確認したんですね。そうしましたら、ああ、何と悲しい事に、僕が個人全集を揃え、敬愛し私淑する作家、阿川弘之先生の訃報が入っておりました。享年94歳、謹んでご冥福をお祈り致します。今日は、その阿川先生への追悼の意をこめて、精一杯綴ってみたいと思います。

さて、阿川先生は広島の産、東京帝国大学国文学科を卒業後、海軍に入隊、情報士官として中国で勤務します。敗戦後、郷里に戻り被爆した両親と共に暮らしますが単身上京、小説の神様と謳われた志賀直哉先生に師事し、作家としてデビュー、多くの優れた作品で幾多の文学賞を得、文化勲章まで受賞、そして昨日お亡くなりになりました。

僕が阿川先生の本を始めて読みましたのは、19歳の頃でありまして、一読し、先ずその文章の素晴らしさに惚れ込みました。今、手元にある、先生が欧州発トルコ着の、オリエント急行に乗った際の文章を引用してみます。

右に美しいマルマラ海の眺めがあらわれた。半月刀のかたちをしたトルコ船がいる。各国各種の貨物船が舫っている。イスタンブールには鉄道の駅が二つあって、私たちが着くのはヨーロッパ側のシルケシ駅だが、連絡船でポスポラス海峡をウシダルに渡ればハイダルパシャ駅、そこからアジアが始まる。トプカピ・サライの宮殿、青の寺院、古都コンスタンチノープルに林立する回教のモスク堂伽藍がその数五百六十、どれが何やらよく分からないうちに、特別オリエント・エクスプレスは一時間少々のおくれで、六時十五分夕暮れの終着シルケシ駅へ辷りこんだ。トルコの民族舞踊団がフォームで待っていた。車輪のきしみが消えると同時に、激しい楽の音に合わせて踊り出した。男女互いちがいに腕を組んで半円を描いて、女の踊り子がみな美しい。それはもう、スイスともオーストリーとも、ユーゴ、ブルガリアとも、アメリカ娘のサラともちがう深目高鼻、昔々天山南路天山北路をはるばる長安の都に来ていた西域の美女たちの顔であった。

長旅を終えた感じが、非常に良く出ている文章と思いませんか。この格調の高さ、語彙の豊富さ、描写の正確さ、流石は近年きっての名文家と言われただけの事はあります。こういう名文を読んでしまうと、最近の作家の文章は、「だった」「だった」の繰り返し、安物の機関銃の様でして、とでも読めたもんじゃありませんねえ。先生は紀行文学の分野でも第一人者でありまして、世界中の列車や客船に乗りまくり、それを「南蛮阿呆列車」としてまとめた名著があるんですが、その行動力にも恐れ入るんですが、その本って、挿絵や写真が一切無いんですよ。文章の力のみで読んで頂きたい、という先生の自負でありましょう。

先生のメインの仕事は、記録文学でありまして、特に、ご自身の青春時代は、戦争と日本海軍と共にあったと語られていますから、鎮魂の思いと共に、多くの優れた書を残しました。「山本五十六」「米内光政」「井上成美」の、戦争に反対した海軍大臣三部作は、必読の名著と思います。ご自身のご経験や、ご両親の被爆体験、戦友の日記を元に書かれた、「春の城」「雲の墓標」「魔の遺産」の三部作もまた、全日本人に是非お勧めしたい、素晴らしい作品であります。特に「雲の墓標」は、文学者を目指していた平凡な青年が、特攻隊のパイロットとして死んで行くお話でして、僕、涙無くしては読めませんでした。その格調の高さ、文学性、文章力、「永遠のゼロ」なんかとは比較になりませんよ!そしてね、これらの一連の作品を読めば、如何に戦前の軍部、特に陸軍が愚かだったかが分かりますし、簡単に戦をして良い筈はありません。ところでアベ君、君、もし字が読めたら、お盆休みにせめて阿川先生の諸作品ぐらい読んだらどう!?読書感想文をちゃんと書いて、先生の処に持って行くんですよ!?

そしてね、そういう真面目でお堅い物ばかりでは決してありません。阿川先生のもう1つの面として、ユーモアに溢れた、真の大人が読める小説群があります。「カレーライス」「犬と麻ちゃん」「いるかの学校」「こんぺいとう」、これらは、近年頓に再評価されている獅子文六先生の系譜を継ぐ、紳士のユーモアとでも言えましょうか、爆笑では無く、ニヤリと笑わせるといった塩梅です。そして、児童文学においても、「きかんしゃ やえもん」は、もう優に半世紀を超すロング・セラーでありまして、まだ書店に置いてますもんね。また、数多くの軽妙洒脱なエッセイも大変優れています。近年では、伝統ある文藝春秋誌の巻頭の文章は、十数年ずっと阿川先生でありました。「桃の宿」「葦の髄から」「論語知らずの論語読み」「断然欠席」「食味風々録」等々、滋味に富み、時に笑い時に泣き、僕、何度これらのエッセイ集を読んだ事か。

多方面で活躍され、素晴らしい作品群を残した阿川先生でしたが、僕、一度だけ、ご本人を見た事があります。都内の岩波ホールか何処か忘れたんですが、先生の講演会がありまして、もう当時は御年80を過ぎていたと思うんですが、大変矍鑠とされてダンディでお元気でしたねえ。カッコ良かったのは、その講演の〆の際、やや時間が速く終わったんですね。そうしましたら、「物事何事もスピーディが良いと思います。私の居た海軍は、「五分前の精神」と申しまして、何事もそうして参りました。今日の講演もちょうど5分を残しておりますので、良い頃合いでしょう。それでは皆様、ごきげんようさようなら。」、これには万雷の拍手でして、大人ですよねえ。阿川文学の最大の魅力、それは、常に肩の力を抜いてリラックスされ、ユーモアと余裕を愛した先生でしたから、文は人なり、それが滲み出るんですよ。「僕は右翼も左翼も大嫌い」と仰り、日本文学には稀な国際性と中庸さと笑いを兼ね備えた阿川先生の諸作品を、皆様にも是非読んで頂きたい、切にそう願います。

大日本帝国海軍阿川弘之大尉、本当にお世話になりましたし、何時の日かあの世で会いましょう。総員、帽振れ!
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