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蕎麦の殿様

ええ~、昨日はあたくし、当院のスタッフの皆さんと一献傾ける機会がございまして、酒量凛々立春大大吉、美味しいご酒を頂きまして、何だかフワフワと夢見心地、大変結構な一夜でありました。この場を借りまして、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。是非又お誘い下さいませ、今朝から首を長くして待っておりますし、明日でも良い明後日でも良い、寧ろあたしゃ今日が良い。こんな地口を言っている様では、未だご酒が残っているかもしれません。呂律が廻らない事が無い様、精一杯高座を務めさせて頂きますので、暫しの間お付き合いの程、宜しくお願い致します。

さて、お酒のアテにも色々な物がございまして、この入梅の頃ですとやはり、美しや 鰯の肌の 濃さ淡さ、ご婦人方は光物が苦手な方が多い様でございますが、あたくし、鰯は鯛にも負けない滋味があると思うんですな。もう10年も前になりますか、銀座三丁目の映画館の脇、ここらは少し昭和の匂いがする路地裏なぞが残っておりまして、中々風情があるんですな。ちょうどこの入梅の時分、鮨屋を見つけまして、ふらりと入ってみたんです。庶民的な構えでしたが案の定、鰯もありますよ、ガリサンドなんてどうです?と勧められるがままにそれを口中に含みますと、脂の乗った旬の鰯の濃厚さと、自家製のガリがそれをさっぱりと洗い流す感がありまして、これがまた冷や酒に合うんですな。鳥貝にこはだにシマアジ、すっかり江戸前を堪能しまして、何時の間にか雨も上がり、爽やかな一夜でございました。鮨と言えば忘れちゃいけませんのが玉、花冷えや 焼き目ほどよき 卵焼き、その玉子でありまして、あたくし昨日沢山頂いたばかりなんですが、滋養に富み安価で美味しく、大変結構ですな。ただねえ、鰯も卵も酒に合って仕方が無いんで、ついついご酒の量が増え過ぎるんですな。翌朝は頭が痛み、食欲が無い、こうなりますてえと、迎え酒では益々按配が悪い、水気があって暖かいもの、となりますと、やはり蕎麦になりましょう。

江戸店や 初蕎麦がきに 袴客、この一茶の句で分かります様に、蕎麦と言えばやはり関東が本場でしょうか。都内の御三家はやはり、神田の藪、麻布十番は更級、虎の門の砂場、何処に参りましても口福が待っておりますな。あたくし、只の素人ではありますが、こよなく蕎麦を愛する蕎麦っ喰い、この御三家にもお邪魔した事がございます。更級は、蕎麦の真ん中の処を使っているそうでして、麵が白いのが特徴、大変お上品な感じが致します。砂場は確か上方が発祥でございまして、蕎麦つゆが甘からず辛からず、結構でございました。ただ、あたくしが最も好みますのは、神田の藪でございます。数寄屋造りでこじんまりとした店舗で、最も庶民的な味わいでございまして、つまみは天たね、蒲鉾、焼海苔。酒は勿論菊正宗。あたくしが好みますのは、おろし、せいろ、もり、暖かい処ですと、鴨なん、にしん、花巻、此処らでございましょう。ただ、神田の藪では、〆には季節の蕎麦を頂くのが何よりの楽しみなんですな。春は白魚にたけのこ、秋は松茸や牡蠣、何れも結構でございます。ただ、蕎麦を食べるのはとても楽しく、そして打つのを見ているのは簡単そうに見えるんですが、其処には職人と素人の大きな差がございます様で…。

花のお江戸の八百八町、隅田川の畔に、両国という街がございます。今では関取衆が闊歩する、お相撲さんの街でございまして、カフェなぞという洒落た処に入りましても、鬢付け油の薫りがそこはかと無く漂い、髷を結った大男がスイーツに喰らい付くという、一種独特な処でございますな。さて、時は元禄の頃、その両国に、達之進、という旗本が住んでおりました。房総の辺りに大きな領地を持ち、徳川幕府に仕える幕臣でございまして、屋敷には家来も沢山住んでおります。さて、その達之進、今日の様なじめじめしとしとの入梅の頃、本貫の地であります房総、其処の親族の寄合に呼ばれたんですな。若殿、若殿、と非常な歓待を受けまして、鯛や平目の舞い踊り、これでは竜宮城ですが、田舎の娘達は、殿様が来たという訳で、拙いながらも舞踊とお酌を致しまして、日頃は女っ気が無い屋敷に住む達之進もすっかり上機嫌でございます。酒が出る、山海の珍味は出る、風呂までご馳走になるという至れり尽くせり、ではそろそろお暇するか、と達之進が申しますと、「あいや、待たれい。」と、親族の重鎮から声が掛かったんですな。

「お帰り際にお引止めして恐れ入る。我が家来に、蕎麦を打つ事に長けた者がおりまする。ほんの座興ですが、その者を呼び、若殿の前で、蕎麦を打たせて差し上げたいと存じます。どうぞ暫しお待ちあれ。」、何せ世間知らずの若殿ですから、蕎麦そのものを知りません。ドキドキワクワク、蕎麦打ちの実演を見る事と相成りました。蕎麦粉を擂り、潰し、こね、切り、茹で、「これにて出来上がりましてございまする。ささ、どうぞご賞味あれ。」、早速口に入れた達之進、「ううむ、これは見事、大変な美味じゃ!褒めて使わす。褒美を与えよ!」と、大変な満足だったんですな。

さて、房総から両国まで、駕籠に揺られて上機嫌な達之進、何せ日頃から乳母日傘で育てられたお坊ちゃんですから、この小旅行と蕎麦の味が、大変な刺激となりました。カラスカァと啼いて夜が明けて、達之進はやおら家来どもを呼びつけます。「昨日の蕎麦は大層な美味であった。毎日でも食べたいものである。お主らはどうか。」「ははあ、それは確かに、あの様な美味、決して忘れませぬ。」「よおし分かった。では、私が自ら、お主らに蕎麦を振舞うと致そう。蕎麦粉を持てい!」

ところが達之進、未だかって台所に立った事すらございません。たすきを十文字にかけ、鉢巻を締め、かたき討ちにでも行きそうな扮装、目はらんらんと輝いております。見よう見まねで蕎麦を打つのですが、用意したたらいは大きく、そこに大量の水と蕎麦粉を用意させます。「ううむ、水が足りぬわ。あれ、蕎麦粉が足りぬ。どうした事か、堅すぎるわ。水を入れい!いや蕎麦粉じゃ!」、必死の若殿、興奮していますから、己のよだれに涙、そして汗や鼻水までもがたらいに入っているんですな。家来も途中からそれに気付き、青くなったのですが、殿様は絶対ですから、誰も文句は申せません。たらいの中にはまァ大量の蕎麦の塊が出来上がりました。

家来どもは皆無言、若殿一人が上機嫌でありまして、「ささ、食べるが良い。」「…。」「……。」「どうじゃ、旨かろう。遠慮は無用じゃ。お代りをせい。」「…。」

その日のお屋敷の雪隠、今のお手洗いですな、尾籠な話で恐縮ですが、夜を徹して満員御礼でございました。さて、カラスカァと啼いて夜が明けて、若殿は満面の笑み、「其処まで一同が蕎麦が好きとは思わなんだ。本日も早起きして蕎麦を打っておいたが故、遠慮無く食せい!」「殿、恐れながら申し上げます…。蕎麦はもう…。蕎麦はもう…、結構でございまする。」それを聞いた若殿、「何を申すか、己が主人が丹誠尽くして造った物を食べられぬと申すか、ええい、お主ら、手打ちに致す!」

何だか今日は早じまいして、蕎麦を手繰りたくなりますけれど、明日は朝から野暮用がありまして、次回の高座は来週明けになるかもしれません。それでは皆様、足元が悪い様でございます、どうぞお気をつけてお帰り下さい、ありがとうございました、ありがとうございました…。
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