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時をかける少女

いや~、まだ5月ですよね!?昨日、大分の日田では全国最高気温、34・6℃を記録したそうでして、こりゃ打ち水をした程度じゃあ、とてもおっつかないですね~。日田は盆地ですから、所謂フェーン現象が起きて、それで暑いんでしょうが、いや、堪りませんね。僕、夏の盛りに京都で清遊した事がありますけれど、ここも盆地ですから、とても京情緒なんて雰囲気じゃありませんで、道行く犬までヒイヒイ言ってましたもん。ところで、この日田、僕は好きな処でありまして、天ケ瀬等の多くの温泉に恵まれ、街中を川が流れ、豆田町は風情が有り、何せ元々は天領、将軍家の直轄地でしたから、豊かな土地なんですよね。米良し水良し酒蔵も豊富、美人が多いかは知りませんけれど、お酒に鰻に蕎麦に山女魚が非常に美味しく、祇園祭に雛祭り、花火大会に船遊び、大変結構なんですね。只、百両の馬にも難があり、夏と冬は気候が厳しいんですよね…。でも、秋口は新蕎麦の季節ですし、川魚も良く肥えていますし、その頃ならば、ちょいと行ってみたいな。

こういう事を書いていますと、今まで行った様々な場所を思い出しますが、絶景や美味の処も良いんですが、何故か、印象の悪い場所の方が記憶に残りますねえ。僕、例えば登山には良い思い出が全く無いんです。小学校の時に登った由布岳では、激しい寒さに襲われ、慌てた引率の先生方が、生徒にお酒を飲ませて新聞沙汰になったり。高校の時分、九重連峰でしたか、夏休みだったのかなあ、1学年皆で登りに行かされたんですね。ここ、確か1700㍍ぐらいある高山が沢山連なっているそうで、怪我人が続出、テントの中は野戦病院と化しまして、何せする事が無いものですから、何処から調達したのか、煙草を吹かしながらの酒盛りが始まりまして、登山に行ったのに、宴会になる始末でした。当時の先生方、もう時効ですよね、許されて~♡そうそう、ウチの親父も登山が大嫌いでして、「田舎者が田舎に行って、何が面白いんだ!」と悪態をついていましたっけ。

そうそう、オーストラリアで初めて泊まったホテルは、朝夕の食事が付いて1週間1万円、という処でして、バス・トイレは共用、窓からは工場しか見えず、ありゃあ何だか気持ちが陰惨になりました。インドでは、到着した時点で気温42℃、毎日毎日カレーばかり喰わされた挙句、ガンジス河の畔にある、1泊100円のホテルは流石に遠慮しました。タイはバンコク、パッポン・ストリートという大歓楽街があるのですけれど、ここの裏通りに泊まった時、トゥクトゥク--オープンの三輪タクシーですね--の行き交う音、オカマちゃんやお姉さん方の嬌声や喧嘩の音に悩まされました。恐らく、「アタシの彼にちょっかいかけて!」「何さ、アンタ、男の癖に!」とか何とかやってるんでしょうが、タガログ語ですから、ちっとも分からないんですよね。そして、酒や食べ物の強い匂いが漂い、夜中でも35℃を超す暑さと湿気に加え、部屋には虫も沢山居たりして、一睡も出来ませんでした。

沖縄の港の近くの民宿に泊まった折の事、ご主人はフレンドリーで気さく、ロケーションも素晴らしく、宿泊費は安価、良い事ずくめだったんですが、夕飯に出た山羊汁、これがまあ、鼻を摘まんでも食べられない匂いでした。鹿児島で泊まったのは、ホテルオークラならぬホテル大蔵、まァ何も無い処でして、する事が無いので散歩をしていましたら、道中柿だらけなんですよ。道行く伯父さんに、「何故柿がこんなに落ちているんですか?」と問いますと、「猿の仕業ですバイ」ですって。どんだけ田舎なんだと驚きました。大分は佐伯、米水津という小さな漁港がありまして、僕、かって自主制作映画を造っていた頃、親友のMさんや仲間達と撮影に行き、彼の地に泊まったんですね。大変美味しいブリのお刺身が出まして、それが舟盛りで、皆大層感動したんです。ところが、翌朝もまたブリ、お昼もブリ、あ~もう勘弁してくれ!と、夜は豚カツか何か食べた記憶があります。

パーソナルな旅の思い出を、縷々綴って来ましたけれど、僕、昨日ネットで見つけた記事に、心から感動したんです。不勉強で、昨日初めて知ったのですけれど、それは、発売されたばかりの「ナショナル・ジオグラフィック」誌の記事でした。北欧の小国デンマークで、1921年に、女性の遺体が見つかったそうなんですね。その遺体は、非常に保存状態が良く、調べてみた処、3500年前、青銅器時代に亡くなった女性だったとか。今回、最新機器を駆使し、改めてその遺体を調べた処、幾つもの新発見があったとか。この女性、発見された地名から、「エクトヴィズ・ガール」と呼ばれているそうなんですが、ストロンチウムという元素があり、この元素の同位体比は、場所ごとに異なるんですって。そこで、身体の各部位に含まれるストロンチウムを調べれば、その組織が形成された時、その人が何処に居たかが分かるそうなんです。僕、理系の素養が全くありませんから、雑誌の記事をそのまま引用していますが、まるでGPSでして、3500年前の人が、何処を移動していたかが分かるなんて、凄過ぎです!!

さて、このエクトヴィズ・ガール、歯のストロンチウム--歯のエナメルは子供の時のみ形成されるので、同様のストロンチウムを構成する場所を調査したそうです--を調べた処、亡くなったエクトヴィズから800㌔も離れたドイツの生まれだったそうです。亡くなったのは18歳、痩身で金髪、爪は綺麗に手入れされ、着ていた物は、羊毛で造られたおへそが出るブラウスとミニ・スカート。そして、チュニックやレザー・コートが棺に納められ、青銅製のヘア・ピン、ヘア・ネット、千枚通し、イヤリング、動物の角製の櫛を持っていたとか。かなりお洒落だったんだ、とただただ感心しますけれど、驚くのは未だ早いんですね。その人の毛髪と親指の爪を調べれば、死亡2年前の所在地が分かるそうなんですね。そうしましたら、このエクトヴィズ・ガールは、デンマークとドイツ間の800㌔を、2度往復していたとか。大事に埋葬されていた様子や、立派な服装から見て、この女性、かなりの実力者であり、外交官として通商や交易の役割を果たしていたのでは、と推測されているそうです。尤も、スナフキンの様に、自由気儘に諸国を放浪していた可能性も否めませんが…。

エクトヴィズ・ガールが生きていたのは青銅器時代ですから、日本で謂えば弥生時代です。その前の縄文期、我らが日本人だって、彼女に負けずに旅をしていたんですね。日本の本州から、粗末な丸木舟に乗り、種子島・屋久島・朝鮮半島・伊豆諸島・東北・北海道と、勾玉や黒曜石や翡翠を交易していた事が知られています。もっと視野を広げれば、ポリネシアやミクロネシアの古代海洋民族が、ハワイ諸島を発見、定住したのは周知の事実ですよね。

僕、ヒトとその他の動物を分ける物、それは冒険心、好奇心だと思うんです。これこそが、かっては虎やライオンに捕食されていた僕達人類が、火を、道具を編み出し対抗、そして地球に君臨出来た鍵だと思います。僕が生きている間は無理でしょうが、この人間の好奇心が、やがては地球外生命体を発見し、そして新たな銀河系への冒険を行う事でしょう。いきなり卑近な例になって恐縮ですが、当院も随分と若いスタッフが増えました。医療人として努力する事は勿論ですけれど、エクトヴィズ・ガールの様な、ビビッドで若々しく瑞々しい好奇心を持って、日々研鑽に励んで欲しいなあ…。
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