❁ ベルサイユのばら ❁

最近、また、キューバン・ソングがマイ・ブームでして、とは言っても、サルサやマンボやルンバじゃないんですよね♪僕が聴くのは、ソンやトローバと呼ばれる、キューバの古くから連綿と続く、ルーツ・ミュージックでして、遡れば16世紀頃からあったと言われています。物悲しくもポップな旋律に、ビッグ・バンドの複合的なリズム--打楽器だけで4人ぐらい居るんじゃないかしら--と、掛け合いのコーラス、是非皆様にも聞いて欲しいなあ。とても興味深く感じますのは、世界に冠たるビートルズのルーツは、謂わずと知れた港町のリバプール、船乗り達が諸外国のレコードを持って来たのが、ジョンやポールに多大な影響を与えた、と言われていますよね。キューバ音楽の発祥の地は、サンティアーゴ・デ・クーバ、ここも又大きな港町でありまして、分かっている支配者だけでも、スペインにフランスにイングランドにアメリカ、おまけにアフリカからは多くの奴隷達が連れて来られ、勿論先住民族も居た訳ですから、夫々の楽器やルーツとなる音があったでしょうし、それらが混ざり合い、キューバ独特の音楽が生まれ、進化したのだと思います。だってね、通常よりも弦が1本多いマンドリン?の様な小型のギターとか、ラテン音楽特有の打楽器ティンバレス--小さい太鼓を2つ並べただけです--とか、クラベスという小さな木片2つを両手で叩くものとか、あんまり他国では見かけないですもんね。

ホント、クロスオーヴァーにフュージョンと言いますか、多様性や自由、融合に共生って大事だなあ、と思うのですけれど、香港は燃えていますねえ。どうやら、香港の行政長官の選挙に、民主派の立候補を許さない、という中国側の暴挙に対する怒りが、事の発端の様です。でもねえ、大体香港って、古くはポルトガルに日本が支配し、そして勿論イングランドの植民地として開けた、アジアを代表する金融センターでもあり、中継貿易港でしょ。近代的な法体系から言論の自由から、イングランド統治下では勿論認められて来た訳で、共産党一党独裁、おまけに高圧的で強権的な中国の習政権とは、to mix water with fire、水と油に犬と猿、合う方がおかしいでしょう。人口700万人の香港で、7万の市民が金融街を占拠するだけでもきわめて異例ですし、明日明後日と国慶日に重陽節という祝日の連休だそうで、こりゃあまだまだデモの参加者が増えるんじゃないでしょうか。

今回のデモの発端は、選挙に対する怒りだった訳ですが、古今東西の様々な革命の事例を見てみますと、事の起こりって、極めてシンプルで、小さなトラブルなんですよね。僕が思うに、その社会が様々な矛盾を抱えており、ほんの小さな事が発火点になってしまうんです。時の為政者は、自分の権益を守るのに汲々とするばかりで、民の疲弊には全く気付いていないんですね。you can't start a fire without a spark、火種も無しに火は付けられない、という有名な曲のフレーズがありますよね。火種は、時の権力者が自ら作ってしまうんだよなあ。本当に、政治家って歴史の勉強が足りない気がしてなりません。例えば、最も最近の例では、中東や地中海のアフリカ圏に、燎原の火の如く波及した、所謂「アラブの春」、これにより、4つの国の民主化、そして10数か国において憲法改正等が成りましたよね。このきっかけは、チュニジアの貧しい青年が、何時もの様に露店で野菜を売っていた事から始まりました。「無許可である」として、秤や野菜は全て没収、貧しい青年には、役所に支払う賄賂が無く、悲しみと抗議の意で、焼身自殺をしたんですね。この自殺に対する民衆の怒りが、23年続いた独裁政権を打破した訳でして、野菜を無許可で売る行為を咎められた事、それに役人の腐敗、言論の自由の無さ、失業率の高さ、全てが含められていた訳であります。

これだけではサンプルが少な過ぎますから、もう少し挙げてみましょう。ロシア革命の引き金を引いた、とされるのが、所謂「血の日曜日」事件です。ガボン、という神父さんに連れられた6万人の民衆は、ロシア皇帝の元に向かいます。彼らは宮殿にまで行き、何を訴えたかったかと言いますと、日露戦争を終わらせて欲しい、重税の廃止、弱い立場の労働者を守って下さい、といった極めて当たり前の事でした。そして、彼らは、皇帝を心底敬愛していたんですね。ところが、皇帝は恐怖に駆られたのでしょう、軍隊の出動を命じ、銃弾を浴びせる結果となりました。これがきっかけとなり、「皇帝なぞ不要だ」となりまして、その動きは全国に広がり、200年近く続いたロシア帝国は滅びてしまったんです。

フランス革命にしても、立ち上がった民衆は、当初は誰も王政を廃止しようなぞとは思っていませんでした。革命後に出来たフランスの国旗を思い浮かべて下さい。今なお使用されている、青・白・赤のトリコロール・カラーですよね。青と赤はパリ市の紋章の色であり、白は、ブルボン王朝のシンボル・カラーなんですね。即ち、市民と王が手を携えてフランスを支えて行こう、という意だったのです。ところが、革命後、絶対王政を続けようとした、希代の悪女マリー・アントワネットのとった行為は、決して許されるものではありませんでした。当時の欧州諸国は皆王政でして、民衆が起こしたフランス革命に恐怖を覚え、宣戦布告したんですね。世間知らずのアントワネットは、実家であるオーストリアの力を借り、フランスの民主政権を打破すべく、軍事機密を流してしまいます。結局は、戦意が旺盛だったフランスの勝利と終わるのですが、将に売国行為でして、ギロチンによる死刑も、むべなるかな、という感が致します。

日本における明治維新も同様です。所謂幕末の志士達も、黒船が来た当時は、幕府と朝廷が一心同体となって、国難を救うべきだ、という考え方が圧倒的多数でした。ところが、老中井伊直弼が登場、自分の政策に反対する者を一網打尽、殺したり追放したりするんですね。その数は100人を大きく超えました。無論、中には稚拙な論理の持ち主や、過激な思想の者が居たのは間違いありません。ただ、受刑者には、吉田松陰や橋本佐内、安島帯刀に頼三樹三郎ら、心の底から日本を憂う、若く有為の人材がおり、そうそう、西郷さんもこの事件に巻き込まれ、九死に一生を得ました。亡くなった彼らには、多くの弟子達--高杉晋作がその代表格でしょうか--がおり、「もはや徳川はいらない、あれ程までに国を憂いていた先生を殺すとは」と判断するのです。300年近く続いた江戸幕府は、安政の大獄の犠牲者達の手で倒されるのです。

幾つかの事例を挙げましたけれど、自国の事を思い、それを行動に移す人々を弾圧する政府なぞ、長く持つ筈がありませんよね。僕、中国は分裂する、というのが長年の持論ですけれど、日本だって、国民の安全を守らない政権が続けば、いつ何時、民衆が立ち上がるか分かりませんよ。時の為政者は、真摯に国民の声に耳を傾けねばなりませんし、それこそが民主主義の近代国家と思います。大分の地から、香港の民主派の皆さんに熱い連帯のエールを送ります!!
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