高津の富

一富士二鷹三茄子、四扇五煙草六座頭、新春の初夢を語るには時期尚早でございますが、いやあ、それにしても時の経つのは誠に早いものでございます。師匠までもが走るってんで師走と言われますな。ええっ、と驚く様なお偉いさんまでもが、往来を必死の形相で駆けてるもんですから、あたくしの様な新米の三下奴なんざあ、とてもじゃありませんが、通常じゃあ追い付かない、これじゃあ仕方がねえや、ってんで、黒塗りの新車のクラウン、立派なハイヤーを呼びまして、お得意さんやお旦や綺麗処のご挨拶に廻ってましたら、一門の師匠連中のえらいお小言を頂戴しまして、いや、年の瀬に参りました…。

年の瀬の楽しみと言えば、餅つきに紅白歌合戦、大阪は花園で行われる全国高校ラグビー選手権、深川か神楽坂辺りの、日本髪を結って、鼈甲のかんざしが緑の黒髪に誠に映え、鬢付け油の薫りがする、振袖姿の芸者衆に囲まれて「アイ、お前さん、今年も1年ご苦労だったねえ」「お前もグッといけよ」差しつ差されつ、そこに厳かな除夜の鐘が鳴りまして、ふすまの向こうでは深々と降り積もる雪、年越し蕎麦をたぐる音だけが響き、熱く交わされる瞳と瞳、お前の気持ちは分かってるぜ、もう何も言うな、いやいや粋ですな、日本情緒ここにあり、とは言ってもあたくしは未だ未経験でございます。ま、それも大変結構なんですが、花より団子の例えあり、あたくしは、何と言っても、四角て軽くてかさばらないもの、日本銀行が発行しております、福沢諭吉先生の貌が書かれた茶色い紙の方を好みますな。となりますと、年末の宝くじに一攫千金の夢を賭けるんですが、これがまあ、何とした事か、当たった試しがございません。いえね、以前うちの親父がね、「オイオイ、大変だ、もう少しで当たる処だったぜ」と大騒ぎしてましてね、どうしたんだい、ってよくよく聞いてみるてえと、二百番違いで、後は全部同じだった、って言いやがるんで。確かに惜しい気もしますが、前後賞にもかすりもしない、只の外れですからねえ。もう親父は仏様になっちまいましたが、きっとあの世でも宝くじを買っている事でしょう。

この一攫千金を欲しがる庶民の儚い夢、これは江戸の時代からも変わりません様で…。

花のお江戸の八百八町、神田は馬喰町、この地は奥州街道の始まりでありまして、馬の市が立ち、獣医がおり、商人がおり、平成の今は繊維業者の問屋街へと変貌を遂げましたが、元禄の時代は大変な繁盛をしていたんですな。その馬喰町のしがない宿屋に、早朝ふらりと垢抜けない男がやって参りました。「おい、この宿の親父は居るかい、俺は安房の国、房州の大網白里ってえ処で、大地主の達ってもんだ、この宿は偉く感じが良いねえ、随分気に入っちまったんで、暫くの間、長逗留してえんだが、構わねえかい。」慌てて飛んで参りました主人、「へえ、そりゃあ大変ありがてえお話で。そりゃあ達さんの様なお大尽に泊って頂ければ、この宿の格も上がるってもんでさあね。」さて、主人が達の話を聞いてみますてえと、どうやら間違い無い、大金持ちの様なんですな。千両箱が大きな倉にぎっしり詰まってるんだが、入り切れずに底が抜け、仕方が無いからそれを漬け物石に使ってる、俺は金を使いたくて使いたくて仕方がねえんだ、と言い出しました。主人も達の話をずっと聞いておりますと、すっかり気が大きくなりまして、おい、灘から取り寄せた新年の為の新酒の樽酒があったろう、あれ開けちゃって構わねえよ、達さんみてえなお大尽が来てくれるなんて、こりゃあ福の神だ、来年はきっと良い事があるに違げえねえ、てなもんです。灘の銘酒、明石の鯛に蛸、紀州の梅干しに蜜柑、越後の荒巻鮭、蝦夷からの到来物の昆布、江戸前の鮨、そして、芸者衆も向島や浅草じゃあ粋じゃねえね、新橋の綺麗処をお呼びよ、仲見世みてえにズラッと並べてくんな、おいおい、幇間も新造も禿も皆呼んじまいな、随分早えがここで一足先に三社祭だ、ってんで、朝も早くから三味に太鼓の音が鳴り響きまして、大変な景気でございます。

散々の馬鹿騒ぎも終わりまして、豪奢な布団にくるまる達の元に、宿の主人が参ります。「ねえ達さん、師走の年の暮に散々楽しい思いをさせて頂きまして、ありがとうございました。これこの通り、頭を畳に擦りつけてお礼を申し上げます。ただ一つ、お願いがございまして…。」「何でえ、水臭えな。俺とお前の仲じゃねえか、何でも言いなよ。」「へえ、実は、うちの宿で、富くじを扱ってるんですがね、1枚だけ売れ残っちまって、宜しければ買って頂けないでしょうか…、誠に申し訳ございません…。」「何でえ、そりゃあ千両もあれば足りるのかい。」「いえいえ、滅相もありません、1分あれば結構でございます。」「1分、1分…。俺は黄金色の大判しか持った事がねえんだ。そんな小銭があるかねえ…。おっ、腹巻に鼻糞が付いてると思ったら、これかい、これが1分かい。」「ああ、確かに、ありがとうございます。では富くじをお持ち致します。」

そのくじを枕元に置きまして、主人は部屋を後にした途端、達はむっくり起き上がりまして、キョロキョロと辺りを見回しております。「どうしよう、どうしよう、あの1分が最後のなけなしの金だったんだ、さっきの酒に飯に芸者の金も出せって言うに決まってる…、よし、無い智恵を絞っても何も出て来ねえや、ここは三十六計逃げるにかぎるぜ。」てな訳でございまして、ちょいと酔いを醒まして来るぜ、と言い残し、脱兎の如く逃げ出したんですな。見かけによらず中々の健脚の達でございまして、あっと言う間に着きましたのは、学問の神様、菅原道真公を祀る天満宮、湯島天神でありました。不信心な達ですが、慌てて走り続けていた為、余程喉が渇いていたのでしょう、手水舎で喉を潤しておりますと、何たる偶然、ここ湯島天満宮が富くじの抽選場だったんですな。当たる筈も無い、それでも微かな望みを掛けまして、1等の数字を見た達、余りの事にひっくり返りました。子の1365番子の1365番、子の1365番、何度見ても千両の大当たりでありまして、何だか俺は寒気がして来たぜ、震えが止まらねえよ、と慌てる達を見た神主さんが急いで駕籠を呼びまして、このお方の宿舎までお運びなされい、という訳で、さっきの宿に舞い戻ってしまったんですな。ガタガタ震えながら布団の中に逃げ込んだ達、そこに吉報を聞きつけた宿の主人が飛び込んで参りまして、大変だ大変だ当たった当たった、と大騒ぎ、漸く冷静さを取り戻した達が、「おいおい、たかが千両で騒ぐもんじゃねえよ、俺なんざあ見慣れてるから、また金が増えて困っちまったぜ。それよりご主人、客の座敷に下駄で上がるもんじゃねえぜ。」とのたまいます。パッと布団から出た達も、下駄を履いたままでございました。

4代目小さん師匠、5代目志ん生師匠の十八番、高津の富の一席でございました。あたくしの拙い解釈で申し訳ございません…。今年も1年ありがとうございました、ありがとうございました…。どうか足元にお気を付けてお帰りになられて下さいまし、本当にご贔屓の程ありがとうございました。来たる2013年が全ての読者の皆様方にとって素晴らしい1年になりますよう、お祈り申しております…。それでは皆様、良いお年を。来年1月4日にまたお会いしましょう。1年間本当にありがとうございました。

♫ テン テテテン テ テ テテン テン テテン ♫
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